インサイダー主導のボトムアップで
著者はコロンビア大学の政治学の教授で、二十年に亘(わた)って国際紛争の現場を調査し、援助活動の最前線に立ってきた人物だ。学生向けの教材として書かれており、とても平易で読みやすく、ユーモアもちりばめられている。世界のある地域に紛争が起こると、国連が介入し、大国が動き、大統領同士や政府と反政府勢力のトップが和平のための書類にサインする。平和維持軍が派遣され、民主的な選挙が行われる。紛争は終わった。これにて一件落着――。
とはならないのが通常だと、著者は言う。
一触即発の空気は去らず、火種はあちこちに残ったまま。実際には戦闘が継続中だったりすることもある。数年後、ひどいときには数時間後に紛争は再勃発する。
アウトサイダーである国連職員や外交官などの国際エリートたちは、「地元の人は暴力を取り除くのに必要なものをもっていない」と信じている。「民主主義」の国から来る高学歴の「外国人の平和構築者」は、しばしば現地の人々を見下す。「遅れている」とか「怠け者」だとか。そして現地を熟知し、能力もノウハウも持っているはずの人々を平和構築の主体として扱うことをしない。しかし、その結果「標準的な国際戦略がうまくいくことはめったにない」。
著者は、トップ同士の握手よりもだいじなのは、市井の人々がそれぞれの文化を尊重しながら、自らの手で構築する平和維持活動なのだと説く。紛争の当事者たちを「運転席に座らせる」こと、「アウトサイダー主導のトップダウン型」ではなく「インサイダー主導のボトムアップ型」の平和構築をと、くり返し提言する。
では、インサイダー主導のボトムアップの平和構築とは何か。
三十年間紛争が続くコンゴの湖に、奇跡のような平和を保つ「イジュウィ」という島がある。「平和の文化」と島民が呼ぶものを持つ島で、数多くの草の根組織を持っている。個人や家族で解決できない紛争を、宗教のネットワークや地域コミュニティなどの草の根組織が平和的に解決する。問題が、地元の武装組織に持ち込まれれば、大規模な虐殺や民族紛争に発展しかねない。そんなものの芽を、市井の人々が摘んでいる。
ソマリアと国境を接しながら平和を保つソマリランド、暴力が蔓延するコロンビアで平和主義を貫くサン・ホセ・デ・アパルタド地区など、紛争地域の飛び地のような場所に築かれる平和の例を挙げて、それらに共通する、現地の人々の意思と知恵をあきらかにしていく。
私たちが国際平和のためになにができるかという観点からいえば、インサイダーのボトムアップの取り組みを、寄付などで支援することが考えられるだろう。
予防ということを考えるならば、遠い「紛争地域」の話には限らない。たとえばヘイトスピーチなどは、放置しておくと非常に危険なものだ。それらを芽の段階で摘むための方法を、市井の人々が日常的に具体化していれば、それは戦争を避ける力になる。「変化はゆっくり起こり、成果は絶えず守りつづけなければならない」という言葉は重く、平和は日々の実践とプロセスの中にあるものなのだと、改めて考えさせられた。