料理人が与えてくれる生きる意味
2020年、飲食業界は、たいへんなことになった。WHOが新型コロナウイルス感染症の世界的大流行を宣言したのは3月11日のことだった。同月25日に、小池百合子東京都知事は会見し、「不要不急の外出自粛」「三密を避けるように」と訴えた。そして4月7日以降、全国に緊急事態宣言が発令される。ところがこの日本型の宣言は、休業要請でも補償の提示でもなく、「外出自粛を」要請するものだった。東京から潮が引くように人波が消えていく。飲食店の店主たちは頭を抱える。
補償なき休業か、お客さんの来ない開店か。どうすれば従業員の命と生活を守れるのか。
それ以上に、店主たちが抱え込んだ悩みは、外食は「不要不急」なのかという、自らの存在理由を問うようなものでもあった。
ここに登場するのは、34人のシェフ。提供する食の内容も業務形態も違う、大半は東京の飲食店だ。
お料理が店によってまるで違うように、それぞれの店がとった対策や行動もひとつひとつ違う。
休業を選択した店、テイクアウトに切り替えてしのいだ店、予約を絞って密を避けて営業した店、「いつも通りに」営業した店。いずれにしろ、胆力の試される日々が続いた。「はっきり言って、政治家が思うよりずっと早く飲食店は潰れてしまいます」というフレンチシェフの発言は胸に刺さる。
ただ、本書は苦渋の声だけが拾われたものではない。コロナに直面した店主たちの苦悶と、それを切り抜けるための決断は、それぞれがたいへんなドラマだ。
料理人魂を感じたのは、何人ものシェフが、料理していないと体がなまってしまうと答えていたこと、テイクアウトを出す場合でも、なんとかしてベストタイミングで食べてもらおうと工夫する話。
コロナ禍から生まれ、未来を予感させるプロジェクトも多い。フランスでのシェフたちの運動にインスパイアされた、医療機関に食事を届ける『スマイルフードプロジェクト』もそうだし、食材を直接お客さんに売ることで生産者と消費者をつなぐ形態を生み出した店もある。若いスタッフにアイディアを出させて、レストラン以外の業務(ハンバーガーやキューバサンドなど、テイクアウト専門店)を立ち上げてしまったところも。シェフというのはまさに、創意工夫の人なのだと気づいた。
食材、生産者への思いにも胸を熱くさせられた。「春爛漫の食材を料理しないなんて悲し過ぎる」という悲鳴は、和食の佇(たたず)まいをもった「お持ち帰り」に結実する。
テイクアウトの鮨を作るにあたって、酢で締める、煮る、おぼろにするといった「昔から受け継がれてきた鮨屋の知恵」を弟子に教えた鮨職人の話も心に残った。
わたしたちが店に食事に行きたいのは、こうしたシェフたちの創作に出会いたいからなのだ。
外食は「不急(いまでなくてもいい)」かもしれないが、「不要(必要ではない)」では絶対にない。食べることは生きること。おいしいものを味わい、店の雰囲気にひたり、誰かと語りあうことこそ生きることの意味の一つだ。それはこんなにも食にひたむきに向きあっている、誇り高きシェフたちが私たちに提供してくれるものなのだと、あらためて思わされた。