対談・鼎談

R. C. クリストファー『ジャパニーズ・マインド』(講談社)

  • 2023/08/27
ジャパニーズ・マインド / ロバート C.クリストファー
ジャパニーズ・マインド
  • 著者:ロバート C.クリストファー
  • 翻訳:徳山 二郎
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(359ページ)
  • 発売日:1983-12-01
  • ISBN-10:4062008629
  • ISBN-13:978-4062008624
内容紹介:
『菊と刀』を超える現代日本人論。日本人はなぜ「犠牲の羊」にされるか、全米マスコミ注目。

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木村 著者は終戦の年に、マッカーサー司令部の中尉として、瓦礫(がれき)の山となった日本を目の当りにし、その後「タイム」誌副編集長、「ニューズウィーク」国際版編集長などを歴任した、アメリカのジャーナリストです。 その四十年にわたる日本研究の成果が本書で、アメリカ人に日本をよく知ってもらうための日本人論と言っていいかと思います。 彼によると、日本人とアメリカ人との間には広く深い溝があり、戦後はその異質なもの同士がからみあい奇妙なカップルを作ってきた。その中で、日本人のアメリカに対する知識や理解は深まってきたのに、アメリカの日本理解は依然として表面的なものにとどまっている。アメリカはもっと日本を知れ、と主張しているわけです。

まず「謎めく日本民族」として、日本人の七不思議が挙げられています。(1)言葉の複雑さ。(2)自らのアイデンティティに強い自覚と誇りをもっている。(3)外国人に対する閉鎖性。(4)所属集団に対する忠誠心。(5)根まわしのコンセンサス。(6)容易にかつ急激に変化を受容する能力。(7)外国人と親しくなるのを好まず、内心では外国に対して優越感を抱いている。

この日本人のメンタリティがいかにして形づくられ、どのように発揮されるかが、以下事細く述べてありまして、例えば第二部では「日本人の育てられ方」に注目しています。日本の家庭では母親の発言権が強く、父親は下宿人に近い。子供は母に甘え、そこから日本人の依存症候群が発生する。善と悪とは絶対的な区別ではなく、他人との関係で決まるという日本的考えを、母親は赤ん坊のときから教え込む。その集団指向はさらに学校教育で強化される。日本の教育は粒が揃っているけれど、競争は大変激しく、学生が大学に入ったとたん遊び回るのは帰休兵制――戦場に長くいた兵士に休暇を与える――みたいなものだと著者は説明します。 一方では、女性革命が静かに確実に進行しているとか、マイホーム獲得が主義になっている唯一の国だという指摘もあります。

丸谷
そこに木村さんが登場するじゃないですか。国際的な存在なんだなあ。(笑)

木村
いえいえ。(笑)第三部は「日本人の社会行動原理」と題して、階級なき社会の実態とか、花見や月見など自然美への異常な愛着、あるいは公認のストレス発散の場としてのバー。さらには外人コンプレックス――たとえば外人に対して「ノー」をいうときは、心理的不安を覚えるのか、言い方が乱暴になる。あるいは日本人は中国人に親密の情を抱いているのに、中国人は日本人を粗野な田舎者と思っているとか、かなり大胆な発言も見られます。

第四部は「政治と経済」で、日本は世界で最もマスメディアと情報社会が発達している。これほどニュースに敏感な国民もいないだろう。日本人の読書欲は旺盛で、日刊紙をはじめ、週刊誌、月刊誌が積極的に読まれている。ことに知的レベルの高い総合誌として「文藝春秋」が紹介されています。(笑) 日本の企業は、従業員の誰もが企業一家の一員であるという自信と誇りをもっており、これが企業活動を活発にしている。また、集団主義と創造性は相容れないという通常の考えに対して、必ずしもそうはいえない、と日本の企業の実力を大きく評価しています。

その上で、第五部で「二十一世紀へのシナリオ」を描きまして、日本は英国病にはかからない。日本人はまだまだ勤勉であり、欧米流の個人主義には即座に移らないだろう。変化に対応する優れた能力をもった日本と手を取り合うことこそ、アメリカの取るべき道である、と説いています。 全体として、単に書物による理解ではなく、彼自身の経験から、日本人のキメ細かな感情にまでメスを入れており、今までにもライシャワーさん、エズラ・ボーゲルさんその他による日本人論が出ていますが、アメリカ人の日本理解がここまで進んだかと感嘆するとともに、われわれの側にも新たな対応が迫られているのではないかと痛感しました。

山崎 日本人論は、日本人の著者も外国の著者もいろいろな立場から書いてきて、一応の標準的な見方の型は揃ったところだと思います。この本は、これまでの日本人論の業績をジャーナリストらしい手際のよさで集め、それをなるべく一貫した論理によって整理したものということができます。 そういう意味で、この本の中には独創的な観察はあまりありません。しかし、非常に周到に、手落ちなく、これまでの日本人論を紹介している。のみならず、なるべく過去の白人的な偏見にもよらず、そうかといって日本人贔屓(びいき)にも陥らず、極めて公正だと思います。 個々の部分は紹介すればきりがありませんけれども、日本の家庭における母親の重い意味、そこで育った日本人の行動様式、たとえば交渉の過程で問題が起ればとにかく謝る。その謝り方に日本人はひどくこだわる、という見方は当を得ていると思います。

そしてまた著者は、今後の日米関係のあるべき姿、あるいはあってはならない危険性を指摘していますが、それもそれぞれ頷けるものです。もっともこの人が心配しているほど、日本人が反米的になり、極端なナショナリズム、あるいはゴーリズムに走るとは私は思いませんけれども、理論的にはその可能性もあるし、またアメリカの読者には、そういうことを少しは意識してもらったほうが、わが国益であろうかと思います。(笑) 日本へのアドバイス――なるべく貿易を自由化し、アメリカの税金負担者に対して日本が防衛のただ乗りをしているという印象をへらすこと。言うべき主張は堂々と言って、その上で譲る。無原則に声高く叫んだり、譲ったりするのはよくない――といった処方箋も、きわめて穏当なものですね。

木村 この著者は自分を抑え、相手の立場になって描いており、バランスがとれていますね。日本人が読んでもカッとこないということは、アメリカ人にとって最良のテキストだということではないでしょうか。

山崎 ええ、私もそう思います。ただ、これを文明論として読むと、かなり問題があると思うんです。これはあくまでアメリカ人むけの、きわめて実践的な本ですから、木に縁(よ)って魚を求むるようなものかもしれませんが、日本の読者は、どうしてもそこに文明論を期待してしまうだろうと思うんです。 そこでクリストファーさんに喧嘩を売るということではなく、ちょっと注釈を加えますと、たとえば西洋の個人主義、日本の集団主義という言いふるされた言葉、これは突っこんだ文明論のレベルでは言えないことです。世界中、個人主義と集団主義の両方を持たない文明はないわけですから。

丸谷
たしかにそうですねえ。

山崎 ただその構造が若干違うだけです。日本の集団主義は、身辺の小さな集団にもっとも強い親近感と帰属感を持つわけでして、日本の普通の勤め人は、自分の企業の全体ではなく、その中で自分の属するセクションに愛着と忠誠を抱いています。 しかしそれ以外の集団主義、たとえば国家、民族という巨大な集団に忠誠心を抱く、そういう集団主義もあるわけで、この点をいうなら、西洋人の方がはるかに強烈です。かつては一国家、一民族あげて一つの宗教を奉ずるという驚くべき集団主義をやっている。日本人が、民族を打って一丸とした宗教を持ったというのは、たぶん、太古の時代だけでしょう。もっと卑近な例をいえば、ケネディ時代までの大統領に対するアメリカ人の親近感は、われわれからみると、ちょっと驚嘆に値します。フランス人がド・ゴールに対し、さらに遡ればナポレオンに対する事大主義は、まるで子供じみているとさえ思えます。

実をいえば、日本人が見せている、身近の小さな集団への忠誠心というのは、西洋でも十八世紀まではあった。村とか同業組合とか教会への帰属が、人々に安定感を与えていた。ところがフランス革命は、一方で個人を盛り立てる反面、そういう小集団を潰してしまった。個人は国家に直接属することになった、とフランスの歴史家トクヴィルは嘆いています。だから日本人は異様なことをしているんではなく、ただ十八世紀までは西洋にもあった、そういう身近な帰属の構造を、近代化とうまくより合せて現代にいたっているということなんですね。

丸谷 私はこの手の本はあまり読まないたちでして、そう自信をもって言えるわけではないんですが、こういう種類の本としては、随分いいものじゃないかなあ、と思いました。翻訳もまあいいんじゃないですか。読んで分りますよね。ただ「ジャパニーズ・マインド」という題はよくないですね。趣味が悪い。しかしそれじゃ「日本の心」とすればいいか、「日本精神」とするか……。

山崎 「大和魂」……。(笑)

丸谷 どうもおかしいんで、はっきり「アメリカと日本」という題にすべき本だったと思います。そうすれば内容がよく分る。結局、アメリカと日本は、貿易摩擦などでイライラすることなく、もっと穏やかな仲になってもらいたい、また、それが可能である、というのがこの著者の書きたいことでしょうから。 でも、なかなかいいと思ったのは、著者が日本のことをわりとよく知っていることですね。たとえば日本人はお祭と自然鑑賞が好きだといっている。それはもともと神道が自然鑑賞的な性格なものだといって、お花見、お月見の例をあげている。そこから先は詳しく書いてありませんけど、呪術的要素と生活の芸術化が結びついているのが日本文化、日本人の生活だということを、かなりよく知っているらしい。これは大したことで、日本の大抵の国文学者も分っていないことなんです。この人の教養はかなりのものですね。 むろん、アメリカのこともよく知っているでしょう。当り前ですけど……。(笑)日本のことも、アメリカのこともよく知っている。そういう人が、その二つの文化が物騒な感じで衝突しないように、もっと穏当にお互いの国益が出会うようにしたいと願って書いていることがよく分る。痛々しいというか健気(けなげ)な感じがするんです。

ただ、こういう二つの、活力のある、かなり幼稚な面の強い国が出会うと、興奮して不幸なことになりがちなんですね。 この本の中には、日本のジャーナリストが、「私たちはヒステリックなのだ」と語ったという話が出てくる。また日本人は、それまではおとなしいくせに、追いつめられたときにひどいことを言う、とも書いてある。 しかし、日本人だけじゃなくて、アメリカ人も随分ヒステリックだし、追いつめられた時か、追いつめた時か知らないけれど、かなりひどいことを言っているような気が、ぼくはするんです。両国の間に太平洋という緩衝地帯があるから、まだいいけれども、もし太平洋がもう少し狭かったら、どんなことになっていたろう、太平洋が広くて本当によかった、という気がします。(笑)もっとも国と国の関係というのは大抵そうした不幸なものかもしれない。それを何とかしのいでゆくのが外交ってものかもしれませんけどね。

木村 いま丸谷さんがおっしゃった、両国ともヒステリックだというのは、確かにそうですね。ただ、喧嘩の仕方が違う。欧米人は、まず口で徹底的に言う。言い尽してから、黙ってポカッと殴る。ところが日本人はジイッと隠忍自重していて、いざとなると「この野郎、オレをバカにしやがって」と泣きながら手と足を動かす。これが欧米人には「激発」とうつるらしく、ジョージ・サンソムというイギリスの歴史家は、日本人は顔を洗うと別の顔が出てくる、といっています。徳川三百年の顔を洗うと、急に近代国家日本が出てくる。また顔を洗うと「天皇陛下万歳」が出てきて、もう一度顔を洗うと平和な民主主義日本が突如出てくる。 この本にも日本人は〈かなりの長い期間不満をそっと胸の内に納めて丁重な態度さえとりながら、あるとき狂ったように怒りが爆発し、あと先も考えず破壊的になるのである〉とありますが、確かにこの表面の急激な変化は欧米人の恐れるところだと思います。 もう一つ、この本で指摘されてハッとしたんですが、日本のテレビ・コマーシャルには欧米風の格好をしたモデル、あるいは欧米人そのものが異常なほどに登場する、と書かれているんですね。また自動車につける名前が、アメリカではムスタング(野生馬)、サンダーバード(かみなり鳥)、クーガー(アメリカ豹)と男性的なのに、日本メーカーは田園的な、女性的な名前、ブルーバード、サニー、バイオレット……をつける、などという指摘も、これまで考えなかったことでした。

丸谷 ぼくも、あそこ、非常に面白いと思いました。

山崎 この本の隠れた一番大きな見どころは、この著者の世代かもしれないと思うんです。この人は最初は進駐軍として日本にやってきた。当時のアメリカ人の持っていた偏見――半ばやむをえない偏見ですが――つまり、日本人は野蛮な帝国主義者で国際政治における野蛮人である、これを教育するのが我々の任務だ、と思っていたアメリカ人の一人なんですね。そしてそういう人たちが、いまのアメリカの日本研究、あるいは政治・経済の中堅にいる。そういう人の中に、いまだに鼻もちならない人もときにいます。理解ありげな顔つきをしながら、それこそ顔を洗うと説教者、宣教師の顔が出てくる人たちが沢山いる中で、この著者はやはりそこがジャーナリストなんでしょうね。かつて持っていた「日本人十二歳」的な見方を現実からの学習によって変えた。あるいは一所懸命変えようとしている。この本はその告白なんですね。そこが私は一番貴重なところだと思います。

丸谷 日本人以上に、一身にして二生を生きたわけですね。

山崎 そうなんです。うっかりすると、日本のわれわれの世代だけがそれをやったと思いがちなんですが、アメリカ人の自己認識の変化の恐しさは大変なものです。しかもそれが、日本人の場合は、本当に国が瓦礫になった現実を見て変えたわけですけれども、アメリカはそうではない。その中で他民族に対するイメージを基本的に変えるというのは、大変なことなんです。私は、実はいまだに疑っているんです、戦争における惨敗という経験を通らずして、一国民のもつ傲慢(ヒュブリス)というのは果して変るものであろうか――。しかしこの本を見ると、若干希望がもてますね。

木村 やはりベトナム戦争の失敗が大きかったんじゃないでしょうか。すべてに懐疑的になり、自分も客観的に見ざるをえなくなったということですね。

山崎 日本人が太平洋戦争で犯した残虐行為を記したところで、〈アルジェリアにおけるフランス人、ベトナムでのアメリカ人……数えきれないほど多くの文明国民が、いずれも大がかりな野蛮行為を犯した〉と書かざるをえない、あるいはやっと書けるようになった国民の成熟というものを感じます。

丸谷 しかし、そこに広島、長崎の原爆のことが書いてありませんね。なぜこの問題をこの人が書かないのか。これだけ日本人のことを分っている人が日米関係のことを書いた本なのに、当然ここで原爆の問題が出てこなかったら不自然なんですよ。書いてしまえば、すっきりした男らしい態度だとなるところを書かなかった。ぼくはここのところに随分立ちどまって考え込まされました。

山崎 おっしゃるとおりで、ここにやはり、アメリカ人のもつ抜き難い自己正当化があるわけですが、それがもっとひどい表れ方をする場合がある。いわゆる進歩的アメリカ人という人たちがやってきて、日本は唯一の被爆国としてなぜもっと反核について積極的発言をしないのか――。私はこれを聞く時ほど肚の立つことはない。唯一の原爆投下国民として何を言っているか。もっと言うなら、日本人ほど広島、長崎で、いろいろ問題はあるけれども、原爆反対の声をあげている国民はいない。聞かないのはそっちじゃないか、といいたい。

木村 本当にその通りです。

山崎 それに関連して重ねていいますが、〈要するに日本という社会は、個人主義の価値感を基にした社会に比べ、全体主義に向いやすい傾向をもっていると言える〉と書いてある。 これは事実としても間違っているのみならず、人間理解の理論としても間違っている。全体主義というのは実は冷たい個人主義の裏返しであって、集団主義は決して全体主義に向わない。フランス革命がなぜあんな残虐で無意味な殺戮(さつりく)を繰り返したか。まさに個人主義だからで、集団主義とは何の関係もない。トクヴィルもいうように、小さな集団というのは、その中でお互いの顔が見える。われわれは顔の見える人間はそう殺せないんですね。見えないから殺せる。そういう身近の集団はむしろ、国家がファナティックになって動くときに抵抗体になるものであって、集団主義を足していくと全体主義になるというような素朴、かつ非論理的な認識だけは払拭してもらわなければならないですね。

丸谷 それに関連して、こういう箇所があるんですね。ある外国の特派員が通産省の局次長にむかい、もしヨーロッパとアメリカが保護貿易一色に塗り替えられてしまったら、日本はどうするか、と質問したところ、その役人は「共産圏に入らざるをえない」と答えたという話をひいて、日本の将来を色々案じているんですね。でもその役人のために弁明すれば、彼はあくまで共産圏と経済交流がふえるだろうという意味で、仮定の意見に答えただけであって、日本が共産国になるなんて思ってもいないだろうし、私もそういう可能性はほとんどないと思うんです。ところがアメリカに絶対に追従しているのでないと、それは共産化であるというような意識が、この著者においてすら、ほの見えるんですね。日本人はそういう「あれかこれか」を避ける体裁をつくってきたし、これからも避けなきゃならないと思うんですが、どうもそこのところがよく分ってないらしいなあ。

木村 これほどよく日本を知っている著者でも、やはり日本は分らないということなんですね。最後は、ひょっとしたら社会主義圏に走りはしないかという不安を抱かせるものが、実は日本にもある。杞憂だといえば杞憂なんですが、それほどの心理的距離が太平洋の間にはあり、これは取り除けないものだということがよく分りますね。

山崎 ただ、先ほどもいいましたように、世代ってことがあると思うんです。つまりかつての瓦礫の日本を上から愛護の目で眺めたその優越感が、まだ僅かながらこの著者の足枷になっている。その点、最近の若い人たちは、もっと自然に国際交流をやっていますね。アメリカへふらりといって、ヒッピー暮しをしながら、観念的自我意識に悩むアメリカの友人を日本的妥協の精神で救ってやったり、何度も離婚を重ねて泣いているアメリカのウーマン・リブを女房にして、日本的家族主義で平和に暮したりしている。

木村 戦争を知らない世代は、そういうつき合いができるんですね。でも、戦争を知っている世代と知らない世代と、どちらが正しい判断を下しうるかは、何ともいえません。

山崎 それはそうですね。おそらくどちらも正しいんでしょう。

木村 ええ。で、どちらも違っているかもしれません。(笑)ぼくがこの本を読んで思うのは、逆にこれに見あうだけの日本人のアメリカ論があるだろうかということです。そういっては日本のアメリカ研究者に失礼かも知れませんが……。

山崎 日本には学者的ジャーナリストがあまりいないんですね。一般のジャーナリストは目の前のことだけ追っかけている。学者のほうはいやに深遠なことだけ論じている。それが総合されているところが、アメリカのジャーナリズムのよさですね。

木村 ええ。今度は、「アメリカン・マインド」といった本が欲しいですね。(笑)

丸谷 それはいい落ちだなあ。(笑)

ジャパニーズ・マインド / ロバート C.クリストファー
ジャパニーズ・マインド
  • 著者:ロバート C.クリストファー
  • 翻訳:徳山 二郎
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(359ページ)
  • 発売日:1983-12-01
  • ISBN-10:4062008629
  • ISBN-13:978-4062008624
内容紹介:
『菊と刀』を超える現代日本人論。日本人はなぜ「犠牲の羊」にされるか、全米マスコミ注目。

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【この対談・鼎談が収録されている書籍】
三人で本を読む―鼎談書評 / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
三人で本を読む―鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(378ページ)
  • ISBN-10:4163395504
  • ISBN-13:978-4163395500

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文藝春秋

文藝春秋 1985年1月号

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