【イベントレポート】「書評家たちに学ぶ『名著深読み術』」第1回(1/25) 鴻巣友季子 × 鹿島茂

  • 2019/03/07

あの名作が「婚活マウンティング小説」!?
深読みであなたを名著の沼に引きずり込みます

【この記事を書いた人】
テキスト/編集:ワダノリコ テキスト:くるくる / Gaku / Lili(いずれもALL REVIEWSサポートスタッフ)

読書好きは見逃せない講義に潜入!


NHKEテレの人気番組「100分de名著」のプロデューサー・秋満吉彦さんと、ALL REVIEWSの主宰である仏文学者・鹿島茂さんがタッグを組んだ講座が、1月下旬、NHK文化センター青山教室で開催されました。題して「書評家たちに学ぶ『名著深読み術』~鹿島茂とALL REVIEWS書評家たちの宴~」。
鹿島茂さんとALL REVIEWSの名だたる書評家・読書の達人たちが、名著をそれぞれ独自の視点で深読み術を伝授してくれるという、読書好きには見逃せないスペシャルレクチャー!司会進行は秋満プロデューサーです。

第1回のテーマは「英米文学はこう読め!」。ゲスト講師は翻訳家・鴻巣友季子さん。エッセイスト、書評家としても活躍されています。著書に『全身翻訳家』『翻訳ってなんだろう?』他多数。今年1月に鴻巣さんの新訳を取り上げた「100分de名著」『風と共に去りぬ』の放送は回を追うごとに話題を呼び、実は講義が開催されたのは最終回直前でしたが、番組Twitterからはすでに「鴻巣ロス」の声が聞こえてきていたそうです。

講義にて取り上げる作品は、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』と番組でも取り上げたマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』です。
『高慢と偏見』は、18世紀末から19世紀初頭のイギリスの田舎町が舞台の、女性の結婚事情に焦点を当てた恋愛小説。今なお愛され続け、『高慢と偏見とゾンビ』『ブリジット・ジョーンズの日記』などの二次創作も多く生まれています。
かたや『風と共に去りぬ』は19世紀後半の南北戦争時代を背景に、奴隷制が残るアメリカ南部を舞台にした長編時代小説です。両者とも大ヒット映画の原作として広く知られていますが、原作小説を読破した人は意外と少ないかもしれませんね。

家族の類型と文学のふか~い関係

まずは、鹿島さんが『高慢と偏見』を読み解きます。「実は英文学は、日本と非常によく似た面があるんです。それは女流文学が多いということです。僕はなぜだろうって、昔から考えていたんですよ」と鹿島さん。意外な出だしにちょっと戸惑いながらもワクワク。
その鹿島さんが最近凝っているというのが、「家族人類学」という学問ジャンル。特にフランスの気鋭の人類学者・エマニュエル・トッドの提唱する「家族の類型」に着目しているそう。

ざっと説明すると、「以前の家族の類型は結婚した親子が同居するか別居かで二分されていた。同居だと大家族あるいは拡張的家族、別居する場合は核家族。しかし、トッドは遺産相続の観点から新しい類型を作り、同居と別居に加え、男兄弟のうち一人だけが相続するか、兄弟間で平等に相続するかで、4象限に分けられる」というものです。
これがトッドの第一理論で、第二理論は、「人類はアフリカからユーラシアまで広がり辺境に至った。だから辺境に一番古いもの、つまり核家族と父方、母方のどちらでもよいという『双系制』が残っている」ということです。「この理論のすごさは、日本とイギリスはユーラシアとアジアの最辺境に類すること」と鹿島さんは続けます。双系制には、父方同居、母方同居のどちらでもいいし、遺産相続も実は男女どちらでも構わない、という特徴があるとのこと。確かに、日本では婿取りは歴史的見ても普通にありましたよね。しかし、世界の中で婿取りは非常に珍しいことだそうです。

「もともとイングランドと日本は辺境ゆえ双系制で、結婚した夫婦が父母どちらの家に住むというルールがない双処居住だった。両国が女流文学を多く生んだのは、文学は教育を受けない限り書けないし、学校制度がなかったにもかかわらず女性が文字を読めて書けるのは、双処居住の特徴なのです」とのこと。なるほど、女流文学の成り立ちも家族類型で読み解けるのですね。

ところが、イングランドも日本も途中から大陸中央の影響を受け、近代になるにしたがって父方同居制が強くなったそうです。この辺は、鹿島茂さんの書かれた『エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層』(光文社ベスト新書)に詳しく出ています。とはいえ、このエマニュエル・トッドの理論がどこに着地するのか、ますます謎が深まります。しかし、そこは鹿島さん、「『高慢と偏見』に限らず、オースティンの六大小説と呼ばれるものはすべて遺産相続に関するものなんです」とバッサリ。
簡単に言えば、相続権のない女系家族の娘たちが、少しでもいい条件で結婚にこぎつけるために工夫を凝らして奮闘するというパターン小説なわけです。こうした家族の類型を踏まえれば、味わいも格別なものになります。

続いて、鹿島さんはこの家族の類型や遺産相続、結婚観などの話を、専門のフランス文化と絡めて解説してくれます。ドーバー海峡を隔てて向かい合っているフランスとイングランドで、家族の形や遺産相続の違いによって小説の形まで違ってくるとは驚きです。さらに話は、貴族の年収や当時の弁護士の地位の話にまで発展していきます。

「あと、『高慢と偏見』でも『風と共に去りぬ』でも、何であんなに舞踏会ばかりやるのか、僕は大いに疑問に思っていたんですよ」と鹿島さんが言うと、会場は大爆笑。実は、その答えを導いたというのが渋沢栄一だとか。舞踏会は、核家族社会が発明した男女を結びつける画期的な制度だからだそうです。話はそこから日本の少子化問題まで続きます。英米文学を読み解くことで現在の日本の問題まで読み解くことができるとは、驚きの連続です!



婚活小説の裏にある女性作家の思惑

後半は、鴻巣さんのターン。秋満さんの「『高慢と偏見』は単なる婚活劇ではなく、主人公の啖呵を通じての旧態依然とした社会に対する批判」という熱い批評を受け継ぎます。「まさにオースティンというのは批評家で、女性のばかばかしい面を描いていますが、これは男性に『こういうふうに女性を見ているんじゃないですか』という問いかけなんです」。恋愛小説の中にしたたかな批評性を込められているからこそ、200年以上も読み続けられる小説になったと鴻巣さん。

ちなみに『高慢と偏見』の女性たちの呼称は、それぞれの身分に由来するとのこと。例えば、ダーシーの叔母は「レディ・キャサリン」。レディ+ファーストネームで呼ばれるのは、元伯爵以上の貴族令嬢であった証拠です。レディの後に結婚相手の姓が続くのはジェントリ階級で、子爵や男爵の娘の場合は下の階級の人と結婚するとレディが取れてしまう。露骨には言わないけれども、サーやレディーと呼ぶのか、レディーの後には続くのはファーストネームか名字か、そういうところに細々したスリルがある小説。つまり『高慢と偏見』は女性たちが身分の差でマウンティングする小説でもあるわけです。そこを翻訳するのは難しいと鴻巣さんは言いますが、さすが「全身翻訳家」ならではの視点です。



大恐慌が『風と共に去りぬ』ブームを生んだ

続いて、鴻巣さんはマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』の読み解きに入ります。「『嵐が丘』もそうですが、土地を取ったり取られたりする不動産小説なんです」。

えっ? 不動産小説なんですか? またしても意外な切り口……と不意を突かれていると、「映画の成功ゆえにあまりにも鮮烈なイメージの中に永遠に閉じ込められちゃった、幸運であり不遇な小説でもあります」と鴻巣さんは続けます。確かに、映画ではヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブル演じる主人公たちのラブロマンスばかりに目が行きがちです。

しかし、ヒロインのスカーレット・オハラはあんなに美人でもなくけなげでもなく、実は不美人で性格が悪く、時代に振り回されたわけではなく周りを振り回してたくましく生き、土地に執着していた女性。鴻巣さん曰く「スカーレットは土地とお金を手にすると正気に返る」女性だそう。子どももいるうえに2回も未亡人になるスカーレットにとって、土地を手に入れることが生きるための必須条件だった。そう考えると話の中心はロマンスではなく、不動産であることがわかります。

そして、『風と共に去りぬ』のもう一つの側面が「ディストピア小説」。ディストピアとは、一見調和が保たれているように見えて、行き過ぎた管理や監視が抑圧や歪みを生んでいる世界のこと。ユートピアとディストピアは対抗概念ではなく拡張概念で、表裏一体だと鴻巣さんは加えます。南北戦争後の再建時代は、ユートピアのようで実はディストピアだと鴻巣さん。
しかも、小説の時代設定は南北戦争ですが、書き上げたのはブラックマンデーの直前で、発表されたのは大恐慌後の1936年。当時の人は、19世紀末から続く大不況の時代を経て社会不安による鬱屈憤懣が溜まりに溜まっていた。白人至上主義団体KKKが活動を再開しているなど、右傾化も進んでいます。つまり、小説で描かれた世界は、そのまま1930年代のアメリカの現状と重なっていたことで、熱狂したのだろうと言われているとのことです。

あれ、でもこの当時アメリカといえば、第一次世界大戦後の軍需景気で沸いていたのでは……。
「債務国から債権国になり、ここから強いアメリカが始まったと言われていますよね。しかし、1920年代、いわゆる『狂乱の20年代』を謳歌していたのは大都市の金融業者など一部の富裕層に限られていました。その反動で農民は苦しい暮らしを強いられるようになり、ブルーカラーや移民は潤いの恩恵に預かれなかった」と鴻巣さん。実は、番組でも「19世紀の末から長らく続く大不況で、みんな苦しい思いをしていた」と話されたら、Twitterで「軍需景気は? Rolling Twentiesは?」という疑問があがったそうです。その答えを今回講義にさりげなく盛り込んでくださったわけです。

ちなみに、20年代末からのアメリカの状況は、鴻巣さんもおっしゃっていましたが、現代のどこかの国の状況とよく似ています。鴻巣さんは「『風と共に去りぬ』は、過去を懐かしむノスタルジー時代小説ではなくて、私たちのいく先をも照射する未来小説である」と締めくくられました。



講義を終えて

 

さて、講座が終わって、参加者の方々に感想をいただきました。まずは、お二人の大ファンという方。

「『高慢と偏見』は若いときに読んで今回読み直してきたんですけど、今回いきなりトッドの家族類型の話から入り、どこにいくのかと思ったら驚くようなところに連れていかれてこんな読み方ができるのかとちょっと驚きました。もしできたら100分de名著とALL REVIEWSのコラボは続けてほしい。書評家さんとコラボしてほしいですね」

というありがたいお言葉をいただきました。質疑応答で質問された方は、

「最近は翻訳家の方の話が好きです。不動産小説という視点が面白かったですね。本を読んでいるだけでは分からなかったので、参加してよかったです」

とのことです。もうお一人、『高慢と偏見』は面白かったけれど、なんで傑作と言われているのか分からなかったから参加されたという方は、

「それに、『風と共に去りぬ』は映画で主人公のイメージができていましたが、原作を読むと違っていたので、その差を知りたいと思い、参加しました。不動産とか家族の構成という切り口が面白かったですね」。

レポートではざっくりと紹介しましたが、講義ではもっともっと深い話が満載で、皆さん、大いに満足されたようです。講義終了後にはサイン会も開催。大いに盛り上がった90分でした。

講師のお二人にもお話を伺いました。「二人の相乗効果でとにかく面白かったです。次回扱うサルトルやカミュは高尚なイメージがありますが、実際に読んでみると『どこにでもいる!』という感じ。そんな面白さを知ってもらえれば」と鹿島さんは今回の感想と次回の見どころをお話しくださいました。
鴻巣さんに「名著への入り口となり得る書評の面白さをどのように伝えていきたいですか」と聞くと、「SNS受けなどを狙うのではなく、本当に中身の面白さを伝えるクオリティの高い書評を書いていく。これに尽きると思います」とのお答え。鴻巣さんの書評がますます楽しみですね。鴻巣さんのさらなる深読みは、近著『謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤に満ちた世界文学』でも披露されています。ALL REVIEWSでは前書きを全文ご覧いただけます。※ALL REVIEWS経由で本を購入すると代金の一部が書評家に還元される“応援システム”も備えています。


【この記事を書いた人】
テキスト/編集:ワダノリコ テキスト:くるくる / Gaku / Lilihttps://twitter.com/Ri2i7)(いずれもALL REVIEWSサポートスタッフ)



<次回イベント:「100分de名著」特別講座 書評家たちに学ぶ「名著深読み術」>
鹿島茂×内田樹「フランス文学はこう読め!」~サルトル『嘔吐』・カミュ『反抗的人間』~
日時:3/8(金)19:00~20:30
会場:NHK文化センター青山教室
詳細・申込はこちら http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1167184.html

<関連リンク>
鹿島茂プロフィール・書評一覧 https://allreviews.jp/reviewer/8
鴻巣友季子プロフィール・書評一覧 https://allreviews.jp/reviewer/42
  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連ニュース
ページトップへ