書評

『人はなぜ騙すのか――狡智の文化史』(岩波書店)

  • 2018/04/12
人はなぜ騙すのか――狡智の文化史 / 山本 幸司
人はなぜ騙すのか――狡智の文化史
  • 著者:山本 幸司
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2012-02-16
  • ISBN:4000245139
内容紹介:
嘘、偽り、詐欺、謀略…。秩序や倫理をもって排除しようとしても、決して人間世界から排除しきれない「狡智」という知のあり方。この厄介な知性は人類の歴史の中でどのように生まれ、どのように意味づけされ、社会の中に組み込まれてきたのだろうか。古今東西の史実や物語を素材に、狡智の深層と人間の本性との関わりについて考える。

領域を横断する「詐欺」の哲学

哲学を現象学だ、構造主義だといういかにも哲学の勉強という切り口で説くのではなく、俊才國分功一郎氏の話題作『暇と退屈の倫理学』などが典型だが、日常ありふれた、余り哲学とも思えぬ主題でつくり上げようとする試みが見られるようになったのは喜ばしい傾向だが、ウソ、騙(だま)し、詐欺の哲学を扱う本書もその類の快著である。著者の専門は日本中世思想史なので記紀時代から戦国時代にかけてのウソで生き抜いた武将たち、いわゆる「悪党」たちの所業を紹介するあたりが一番面白いが、「馬喰八十八(ばくろうやそはち)」民話とその類話の分析から、東西文明史の二大源流(ギリシア・中国)の思想、トリックスターやピカレスク小説の分析から、今どき定番の動物行動学まで、哲学とは言っても領域横断をやすやすとやってのける広い意味での哲学書がめざされている。

猛烈に懐かしい世界である。民話分析やトリックスター(道化)論は山口昌男氏の『アフリカの神話的世界』『道化の民俗学』が、騙しによって生き抜く「メーティス(狡智〈こうち〉)的知性」の称揚は山口氏に連なる中沢新一氏『悪党的思考』が、そしてその中沢氏の霊感源たるミッシェル・セールの諸著作が読書界にひとつの衝撃として伝えた世界、そして方法であった。この20年ほど飽くまで自分の関心に沿って進めてきたとする著者の目次、そして参考資料の一覧表を見ると、こうした大きな流れと無縁にこつこつと、手作りで積み上げられていったものと知れ、こういう勉強もあり得るのだと清々(すがすが)しい読後感である。

「馬喰」が「狡智」持つ道化になる理由、「やまと魂」が実は清廉や誠実とは真反対の「狡智」であったこと、ギリシア語で「買う」という語は「越えて」「渡って」という境界越えを意味していたことなどなど、面白く啓発的、刺激的な指摘の連続で、驚くことばかり。

1910年代、明治末から「正直」教育が浸透し、知と教育の場で「悪の技術が退化」したという指摘ひとつで、悠々と楽しい「騙し」の歴史学は、安手のウソに満ちた〈今〉に一挙に反転する。
人はなぜ騙すのか――狡智の文化史 / 山本 幸司
人はなぜ騙すのか――狡智の文化史
  • 著者:山本 幸司
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2012-02-16
  • ISBN:4000245139
内容紹介:
嘘、偽り、詐欺、謀略…。秩序や倫理をもって排除しようとしても、決して人間世界から排除しきれない「狡智」という知のあり方。この厄介な知性は人類の歴史の中でどのように生まれ、どのように意味づけされ、社会の中に組み込まれてきたのだろうか。古今東西の史実や物語を素材に、狡智の深層と人間の本性との関わりについて考える。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2012年3月25日

関連記事
高山 宏の書評/解説/選評
ページトップへ