書評
『日々の泡』(河出書房新社)
新プロレタリア文学誕生か
労働を書いた小説。労働について、とか、労働をめぐって書かれた小説ではない。めちゃくちゃ働いている人の内側から、労働そのものに迫ろうとした小説なのだ。でも、凄く働いている人って、単に疲れているだけ、とか、仕事を能率よくこなすこと以外、考えていないんじゃないか、とか、いろいろ予断はある。また、労働だけを取り出すことが果たして可能なのかという疑問もある。働いている人間のつきあい、家族構成、生い立ちなど、一切を捨象して、小説は成り立つのだろうかとも思う。
だが、宮崎誉子(たかこ)は果敢に、労働だけを取り出そうとする。たとえば川端康成文学賞にノミネートされた「POPザウルス(A面)」。書店でバイトする鳥海疼良(うずら)(語り手)は、いろんなバイトの人たちと話をするけれど、彼らとの関係性が深化することはない。「この時給で平気なのかよ」と言われ、先輩のイジメにあいながらも、なぜか淡々とハッピーなのだ。それは、たぶん語り手に上昇志向がないせいだ。これはこれで幸せなのだから仕方ない。恬淡(てんたん)としたところが面白い。新・プロレタリア文学の誕生かも。
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