書評

『言語の人類史: 言葉の進化の謎を解く』(河出書房新社)

  • 2026/06/15
言語の人類史: 言葉の進化の謎を解く / スティーヴン・ミズン
言語の人類史: 言葉の進化の謎を解く
  • 著者:スティーヴン・ミズン
  • 翻訳:岩坂 彰
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(544ページ)
  • 発売日:2026-03-27
  • ISBN-10:4309231837
  • ISBN-13:978-4309231839
内容紹介:
サルの鳴き声、声道のしくみ、石器の製作、子どもの言語学習、火の使用、脳の進化、遺伝、意味や発音の変化、抽象思考、象徴性…。言語はなぜ、いつ、どのように生まれたのか?言語学、考古学、… もっと読む
サルの鳴き声、声道のしくみ、石器の製作、子どもの言語学習、火の使用、脳の進化、遺伝、意味や発音の変化、抽象思考、象徴性…。言語はなぜ、いつ、どのように生まれたのか?言語学、考古学、人類学、遺伝学、神経科学、心理学、動物行動学…各分野先端の知見を駆使。『心の先史時代』『歌うネアンデルタール』のミズン教授が、人類最大の謎、壮大なジグソーパズルに挑む。

目次
第1章 言語の謎
第2章 人類史概説
第3章 言葉と言語
第4章 サルの鳴き声
第5章 発声器官と聴覚
第6章 アイコン的な語と恣意的な語
第7章 道具の製作
第8章 人工言語に学ぶ
第9章 語の区切りと意味を学習する
第10章 火
第11章 言語と脳
第12章 言語の遺伝学
第13章 言葉は変わり続ける
第14章 言語、知覚、思考
第15章 指標から象徴へ
第16章 結論:言語の進化

社会、その前提になった時間を見つめ直す

人類はいつどうやって言葉を話すようになったのか。この難問に真正面から挑む。多くの学問を総動員、最新の成果を網羅した決定版だ。

著者スティーヴン・ミズン氏は英国の考古学者。類人猿から現生人類に至るホモ属の進化を見渡し、遺伝学、言語学、心理学、神経科学、動物行動学、コンピュータ科学、…の知見を縦横に参照し、言語の発展の具体像を多面的に考察していく。

基礎になるのは化石人類学だ。チンパンジーとヒトの共通祖先(LCA、八〇〇万年前~)から、アウストラロピテクスなど猿人(四〇〇万年前~)、ホモ・ハビリス(三〇〇万年前~)、ホモ・エレクトス(二〇〇万年前~)、ホモ・ハイデルベルゲンシス(六○万年前~)、ネアンデルタール人(三五万年前~五万年前)、ホモ・サピエンス(三五万年前~)、などが分岐した。骨格が進化し脳の容積も増えていった。最近は遺伝子の解明も進み、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの交雑もあったことがわかっている。

著者は、現生人類の言語を「フルモダン言語」とよぶ。ネアンデルタール人の言語がこれと同じだったかどうかよくわからない。それ以前のさまざまなヒト属は、もっと単純な言語を用いていた可能性が高い。

言語はいつ始まったのか。

チンパンジーの鳴き声は何通りかあるという。ヘビがいる。ヒョウが来た。意味があるが≪ひとかたまりの空気の流れでひとつの音しか出せない≫。言葉の数歩手前だ。ヒトはひと息でいくつも音を出せる。長期間かけて喉や舌の構造が変化した。

石器も言語と並行する。原石に打撃を反復し剥片をつくる。この技術が出現して、百万年あまり変化しなかった。やがて打撃をもっと高度に組み合わせる技術が生まれる。これもずっと変化しなかった。行動を組み立てる知能はすぐに発達しないのだ。言葉を話す知能も同様だ。

二足歩行の影響はどうか。骨盤が狭まり胎児が未成熟で出産する。そのあと育児されながら脳が徐々に発達。言語を習得しやすい環境だ。

ネアンデルタール人は現生人類と脳の大きさがほぼ同じ。視覚を司(つかさど)る後頭部が大きい。現生人類はそこが小さく、代わりに言語を担う部分が大きくなっている。言語はブローカ野やウェルニッケ野で担われるとされたが、実は小脳や大脳全体が深く関係しているらしい。四〇万年前、人類は火を使い始めた。知力がそれだけ高まった証拠である。

世界中の言語はみな同じ構造なのか。チョムスキーは「普遍文法」を唱え、脳が共通のプログラムを内蔵しているとした。最近、もっと緩い前提でも言葉の学習を説明するコンピュータの実験が現れた。学習を通じて言語はどんどん変わる。最初は同じ言語だったはずなのに、世界中の言語がなぜここまで多様なのか、説明できるのかもしれない。

言語は、身体の動きである。パターン化されていて、意味がある。意味とは、頭の中の観念のこと。人間は言語を通じてさまざまな観念を抱き、思考し、それを伝達し共有して集団で行動する。社会は、意味(観念)を前提にしなければ理解できない。でも意味は目に見えない。人びとが死に絶えると跡形もなくなる。そして言語も消えてなくなる。だから考古学者は苦労する。化石人類はいったいどんな言語を話していたのか。その解明は至難の技である。

著者ミズン氏は考古学者だからこそ、消えてしまった化石人類の言語の復元に情熱を燃やす。手がかりとなりそうなピースを残らずつなぎ合わせる。石器は残るが木の棒や草のカゴは残らない。遺跡は残るが人びとの生活は残らない。それを知るのに、考古学では不十分だとわかっている。だからふだんから隣接学問をくまなく渉猟している。本書にはその成果がぎっしり詰まっている。

では本書は、数百万年来のヒト属の言語をどこまで明らかにしたか。

八〇〇万年前のLCAは、言語でなく鳴き声を使っていた。四〇〇万年前に乾燥化が進み、アウストラロピテクスは草原で暮らした。淘汰(とうた)圧力が厳しく知能が生き残りの決め手となり、三〇〇万年前には脳が大きなホモ・ハビリスが現れた。彼らはアイコン(類像)的な身振りや発声を交わし、一六〇万年前には≪多様な音素が発声されていた≫はず。数語からなる言語も成立したろう。

六〇万年前頃に登場したホモ・ハイデルベルゲンシスは脳がなお大きく、語彙(ごい)も増えた。火を使用し、石器の技術も複雑化した。名詞や動詞や、文法語も用いられたろう。

ネアンデルタール人は槍(やり)を作ったが弓矢はなかった。言語は抽象語やメタファーがなかったろう。

一五万年前頃から装身具、のち線刻が現れ、抽象概念が生まれたとわかる。六万年前にはホモ・サピエンスの集団が、アフリカから北に進出した。一万年前に農業が始まる。

この長い期間は、ヒト属の活動や言語が脳を発達させ、脳が発達してヒト属の活動や言語が豊かになる過程だった。人間社会がどれだけの前提の上に築かれているか。それを謙虚に、かつ正確に見つめ直そう。そんな提案が本書にこめられている。
言語の人類史: 言葉の進化の謎を解く / スティーヴン・ミズン
言語の人類史: 言葉の進化の謎を解く
  • 著者:スティーヴン・ミズン
  • 翻訳:岩坂 彰
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(544ページ)
  • 発売日:2026-03-27
  • ISBN-10:4309231837
  • ISBN-13:978-4309231839
内容紹介:
サルの鳴き声、声道のしくみ、石器の製作、子どもの言語学習、火の使用、脳の進化、遺伝、意味や発音の変化、抽象思考、象徴性…。言語はなぜ、いつ、どのように生まれたのか?言語学、考古学、… もっと読む
サルの鳴き声、声道のしくみ、石器の製作、子どもの言語学習、火の使用、脳の進化、遺伝、意味や発音の変化、抽象思考、象徴性…。言語はなぜ、いつ、どのように生まれたのか?言語学、考古学、人類学、遺伝学、神経科学、心理学、動物行動学…各分野先端の知見を駆使。『心の先史時代』『歌うネアンデルタール』のミズン教授が、人類最大の謎、壮大なジグソーパズルに挑む。

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第1章 言語の謎
第2章 人類史概説
第3章 言葉と言語
第4章 サルの鳴き声
第5章 発声器官と聴覚
第6章 アイコン的な語と恣意的な語
第7章 道具の製作
第8章 人工言語に学ぶ
第9章 語の区切りと意味を学習する
第10章 火
第11章 言語と脳
第12章 言語の遺伝学
第13章 言葉は変わり続ける
第14章 言語、知覚、思考
第15章 指標から象徴へ
第16章 結論:言語の進化

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2026年6月13日

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