書評

『貝輪の考古学―日本列島先史時代におけるオオツタノハ製貝輪の研究』(新泉社)

  • 2024/06/25
貝輪の考古学―日本列島先史時代におけるオオツタノハ製貝輪の研究 / 忍澤 成視
貝輪の考古学―日本列島先史時代におけるオオツタノハ製貝輪の研究
  • 著者:忍澤 成視
  • 出版社:新泉社
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2024-04-10
  • ISBN-10:4787723057
  • ISBN-13:978-4787723055
内容紹介:
装飾品である貝輪は、そのかたち・色・艶・質感から古来より多くの人々を魅了してきた。本書は、とくにオオツタノハ製貝輪に着目し、縄文時代から弥生・古墳時代にかけての人々と貝との関わり… もっと読む
装飾品である貝輪は、そのかたち・色・艶・質感から古来より多くの人々を魅了してきた。本書は、とくにオオツタノハ製貝輪に着目し、縄文時代から弥生・古墳時代にかけての人々と貝との関わりについて、貝塚や墓などから出土した遺物と現在の生息状況の調査結果から論じる。装飾品に使われた貝を調べることで、当時の習俗・交易ルート・社会形態などさまざまな事柄がみえてくる。

〔目次〕
第Ⅰ章 食用の貝と利器用の貝
1 食糧としての貝:貝塚にみる食用貝
2 道具の材料になった貝:「搬入貝」の識別
3 貝製装身具:出現の古さと広範な分布の意味

第Ⅱ章 東日本における縄文時代の貝輪
1 縄文時代の「貝輪」の特徴
2 ベンケイガイ製の貝輪
3 貝輪素材変遷の理由
4 貝輪装着にかかわる習俗
5 各集落内で行われた「貝輪製作」
附節 特異なベンケイガイ打ち上げ地:千葉県鴨川市における追跡調査の記録

第Ⅲ章 東日本における弥生時代の貝輪
1 出土遺跡と貝輪の様相
2 弥生時代に使用された貝輪素材の特徴
3 現生貝調査成果からみた東日本弥生時代の貝輪の様相と展開

第Ⅳ章 東日本におけるオオツタノハ製貝輪
1 「西の貝の道」と「東の貝の道」
2 伊豆諸島を起点としたオオツタノハ製貝輪生産
3 南海産の「貝材」の流通と房総半島集落の役割
4 オオツタノハとともに伊豆諸島から運ばれた貝
5 南海産の貝製品を模造した土製品
6 タカラガイ・イモガイ製品にみる社会的役割

第Ⅴ章 九州地方における縄文時代の貝輪
1 九州地方出土貝輪の様相
2 東名遺跡出土の縄文時代早期における貝製装身具
3 飛

日本列島人の忘れられた装身具史

「今の人は結婚式でダイヤの指輪を交換するけれど、縄文人や弥生人はどうしていたの?」。私は日本文教出版の教科書執筆者。歴史教科書で上記のコラムを考えたが自分でボツにした。代わりに、地震・津波・富士山噴火や感染症の歴史を載せた。しかし、今なら書ける。本書が出たからだ。

我々ホモサピエンスはシンボルに執着する変態な生き物だ。ダイヤや金銀は高貴であるなどと装身具の素材を序列化し、希少素材の入手に命さえかける。本書はそんな日本列島人の装身具事情を追った労作である。持っていればスゴイ品、高級腕時計や高級車を「威信財」という。列島人が最長期間、威信財にしたのは貝の腕輪。なかでもオオツタノハという採取困難な南の島の貝で作った貝輪だ。縄文早期~古墳終末期(7000~1300年前)だから6000年間、オオツタノハの貝輪は日本列島最高峰の威信財だった。


なんと本書の著者は実地調査で危険な海にもぐり、生物学者のいうこの貝の生息域の誤りを正した。さらに採取と製作実験で貝輪の材料採取・移出・加工・流通の全過程を解明。千葉の海岸で1万個以上の貝を拾って調べる著者の執念には、歴史オタクの私でさえたじろぐ。貝製の装身具はブレスレット(貝輪)とペンダント(垂飾)がある。縄文女性は貝輪を好んだ。貝輪の内周は17センチ前後。手がまだ小さい少女期につけ外せなくする貝輪と着脱可能な貝輪が両方あった。「成女式・婚姻・出産など」で装着したり、死後に外したりした可能性も指摘する。ちなみに私の妻の手の外周は19センチでほとんどの貝輪は着脱できない。

本書が解明した関東南部のブレスレット通史は、こうだ。縄文早期、江戸湾で手近な大きなサルボウ貝等で貝輪を作り始めるが、殻が薄く脆弱(ぜいじゃく)で、よく壊れた。縄文中期、アカニシという貝を試すがこれもよくない。とうとう、貝輪に向いたイタボガキに行き着き、これが縄文女性に大流行。さらに外洋で貝材をさがし始める。縄文後期になると、素晴らしい発見があった。九十九里浜に、貝輪に最適のベンケイガイが集まって打ち上げられる「点」をみつけた。これを使って爆発的にベンケイガイ貝輪が縄文女性に普及した。縄文女性の誰もが貝輪を日常的につける習俗が列島に定着した。こうなると、とまらない。縄文中期以降、伊豆諸島の「神津島に黒曜石がある!」と気づいた縄文人が丸木舟でこの島をめざしたが、さらに情報があった。「さらに南の島に奇跡の貝輪素材がある!」。これがオオツタノハだった。殻が大型で硬質。淡い紫褐色の色合い、放射状の筋まである。縄文人は「これだ!」と、おそらく多数の海難死者を出しながら、この貝を危険な岩場で採取して運び、縄文女性に貢いだ。列島人は余程、このオオツタノハが気に入ったらしい。弥生時代になっても貝輪の最高峰として現在のダイヤの指輪の位置にあった。古墳時代には、大王も王もオオツタノハ貝輪をかたどった石製の車輪石や銅釧を愛好し副葬品にした。

列島人にとりダイヤの指輪はせいぜい150年の威信財。オオツタノハは6000年である。忘れられた日本人の最高最長のアクセサリーの精密な歴史に驚いた。
貝輪の考古学―日本列島先史時代におけるオオツタノハ製貝輪の研究 / 忍澤 成視
貝輪の考古学―日本列島先史時代におけるオオツタノハ製貝輪の研究
  • 著者:忍澤 成視
  • 出版社:新泉社
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2024-04-10
  • ISBN-10:4787723057
  • ISBN-13:978-4787723055
内容紹介:
装飾品である貝輪は、そのかたち・色・艶・質感から古来より多くの人々を魅了してきた。本書は、とくにオオツタノハ製貝輪に着目し、縄文時代から弥生・古墳時代にかけての人々と貝との関わり… もっと読む
装飾品である貝輪は、そのかたち・色・艶・質感から古来より多くの人々を魅了してきた。本書は、とくにオオツタノハ製貝輪に着目し、縄文時代から弥生・古墳時代にかけての人々と貝との関わりについて、貝塚や墓などから出土した遺物と現在の生息状況の調査結果から論じる。装飾品に使われた貝を調べることで、当時の習俗・交易ルート・社会形態などさまざまな事柄がみえてくる。

〔目次〕
第Ⅰ章 食用の貝と利器用の貝
1 食糧としての貝:貝塚にみる食用貝
2 道具の材料になった貝:「搬入貝」の識別
3 貝製装身具:出現の古さと広範な分布の意味

第Ⅱ章 東日本における縄文時代の貝輪
1 縄文時代の「貝輪」の特徴
2 ベンケイガイ製の貝輪
3 貝輪素材変遷の理由
4 貝輪装着にかかわる習俗
5 各集落内で行われた「貝輪製作」
附節 特異なベンケイガイ打ち上げ地:千葉県鴨川市における追跡調査の記録

第Ⅲ章 東日本における弥生時代の貝輪
1 出土遺跡と貝輪の様相
2 弥生時代に使用された貝輪素材の特徴
3 現生貝調査成果からみた東日本弥生時代の貝輪の様相と展開

第Ⅳ章 東日本におけるオオツタノハ製貝輪
1 「西の貝の道」と「東の貝の道」
2 伊豆諸島を起点としたオオツタノハ製貝輪生産
3 南海産の「貝材」の流通と房総半島集落の役割
4 オオツタノハとともに伊豆諸島から運ばれた貝
5 南海産の貝製品を模造した土製品
6 タカラガイ・イモガイ製品にみる社会的役割

第Ⅴ章 九州地方における縄文時代の貝輪
1 九州地方出土貝輪の様相
2 東名遺跡出土の縄文時代早期における貝製装身具
3 飛

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年5月25日

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