書評

『北朝鮮に出勤します―開城工業団地で働いた一年間』(新泉社)

  • 2024/11/11
北朝鮮に出勤します―開城工業団地で働いた一年間 / キム・ミンジュ
北朝鮮に出勤します―開城工業団地で働いた一年間
  • 著者:キム・ミンジュ
  • 翻訳:岡 裕美
  • 出版社:新泉社
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2024-08-06
  • ISBN-10:4787724002
  • ISBN-13:978-4787724007
内容紹介:
毎週月曜の朝、ソウル市内でバスに乗り込み、軍事境界線を越えて北朝鮮に出勤。平日は北の職員たちと“格闘”し、週末は韓国に戻る。南北経済協力事業で北朝鮮に造成された開城(ケソン)工業団… もっと読む
毎週月曜の朝、ソウル市内でバスに乗り込み、軍事境界線を越えて北朝鮮に出勤。
平日は北の職員たちと“格闘”し、週末は韓国に戻る。

南北経済協力事業で北朝鮮に造成された開城(ケソン)工業団地。
20代の韓国人女性が開城で経験した特別な1年間と、北の人々のありのままの素顔を綴ったノンフィクション。

〈ソウルから一時間ほどの距離なのに--。
彼女たちの苦労は、私の祖母の世代の苦労と変わらないと思った。でも、彼女の年齢は二三歳だった。
生きていれば一〇〇歳を超えている祖母が二三歳だった頃の日常が、私の目の前にいる若い母親の日常だった。〉

〈北の人はほとんどの場合、一人だけでいるときは純朴そうに笑いながら頭を下げてあいさつし、二人以上になると目を伏せて無表情で通り過ぎる。それを知ってからは、傷つくこともなかった。この体制の中で共和国の規定に背けば、南で想像できるような懲戒とは次元の異なる処罰が与えられるだろう。そんな状況に南の人も北の人も傷つくことのない日がきてほしい。誰がそばにいようと心から歓迎し、笑うこともできる自由が早くやってくることを願う。----本文より〉

目次
1 開城で感じた春(開城に足を踏み入れた日;北朝鮮歌謡、心に残る人 ほか)
2 開城で体験した夏(賃金戦争とカレイ事件;北の労働者はNG、平壌市民はOK ほか)
3 開城で過ごした秋(統一の花;林秀卿;「ありがとう」と言うのはそんなに大変? ほか)
4 開城で出会った冬(班長さん、みかんが必要なら先に言ってください;職員たちに渡したかったお餅、果物、そしてパン ほか)
2018年、南北首脳会談が行われ、当時の文在寅(ムンジェイン)大統領と金正恩(キムジョンウン)総書記が一緒に軍事境界線を越える様子が何度も報じられた。だが、そこから融和が進んだわけではなく、現時点での評価としては、精いっぱいのパフォーマンスだった、くらいだろうか。

『北朝鮮に出勤します 開城(ケソン)工業団地で働いた一年間』(キム・ミンジュ著、岡裕美訳・新泉社・2200円)は、その数年前、15年から16年にかけて、北朝鮮南部、韓国との軍事境界線付近にある経済特別区に設置された「開城工業団地」で働いた韓国人の記録だ。情勢悪化に伴い、16年に操業停止してしまったが、共に働いた人たちとの貴重な交流が描かれている。

給食施設の管理業務を担当したが、十分な食料や物品があるわけではない北朝鮮の人々を、まずは疑った目で見ていた。だが、南のものが北に流れ込むことで、こちらの生活を想像してくれるようになるのではないか、との期待を抱くようにもなる。

北朝鮮の労働者は、「一人では絶対に南の人と同じ空間にいてはならない」という暗黙の了解を守っていた。彼らは韓国の悪い情報ばかり得ており、セウォル号事故などの国家が絡む不祥事を口にしてけん制してきた。職員に対して「バッジをつけてますね」と言うと、「私たちの首領様、将軍様ですよ。あの方々を心臓の近くにお迎えするのです」と返ってきて緊張が走る。

ある日、職員が仕事中に指を切り、化膿(かのう)してはいけないからと薬を塗ってあげようとしたものの、班長の許可なしに塗れない。死角になっているところにこっそり呼び出し、急いで薬を塗ってあげた。歯痛で顔をしかめている人がいても「この程度の歯痛は“革命精神”で乗り越えられる」と言われてしまう職員たちと、交流の糸口を探していく。

考え方は違う。違いはすぐに埋まらない。でも、同じ場所で働き、対話を重ねれば、「一粒の種」になる。向かい合って話す。笑う。尋ね合う。やはりこの、シンプルで真っすぐな積み重ねが必要なのだ。
北朝鮮に出勤します―開城工業団地で働いた一年間 / キム・ミンジュ
北朝鮮に出勤します―開城工業団地で働いた一年間
  • 著者:キム・ミンジュ
  • 翻訳:岡 裕美
  • 出版社:新泉社
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2024-08-06
  • ISBN-10:4787724002
  • ISBN-13:978-4787724007
内容紹介:
毎週月曜の朝、ソウル市内でバスに乗り込み、軍事境界線を越えて北朝鮮に出勤。平日は北の職員たちと“格闘”し、週末は韓国に戻る。南北経済協力事業で北朝鮮に造成された開城(ケソン)工業団… もっと読む
毎週月曜の朝、ソウル市内でバスに乗り込み、軍事境界線を越えて北朝鮮に出勤。
平日は北の職員たちと“格闘”し、週末は韓国に戻る。

南北経済協力事業で北朝鮮に造成された開城(ケソン)工業団地。
20代の韓国人女性が開城で経験した特別な1年間と、北の人々のありのままの素顔を綴ったノンフィクション。

〈ソウルから一時間ほどの距離なのに--。
彼女たちの苦労は、私の祖母の世代の苦労と変わらないと思った。でも、彼女の年齢は二三歳だった。
生きていれば一〇〇歳を超えている祖母が二三歳だった頃の日常が、私の目の前にいる若い母親の日常だった。〉

〈北の人はほとんどの場合、一人だけでいるときは純朴そうに笑いながら頭を下げてあいさつし、二人以上になると目を伏せて無表情で通り過ぎる。それを知ってからは、傷つくこともなかった。この体制の中で共和国の規定に背けば、南で想像できるような懲戒とは次元の異なる処罰が与えられるだろう。そんな状況に南の人も北の人も傷つくことのない日がきてほしい。誰がそばにいようと心から歓迎し、笑うこともできる自由が早くやってくることを願う。----本文より〉

目次
1 開城で感じた春(開城に足を踏み入れた日;北朝鮮歌謡、心に残る人 ほか)
2 開城で体験した夏(賃金戦争とカレイ事件;北の労働者はNG、平壌市民はOK ほか)
3 開城で過ごした秋(統一の花;林秀卿;「ありがとう」と言うのはそんなに大変? ほか)
4 開城で出会った冬(班長さん、みかんが必要なら先に言ってください;職員たちに渡したかったお餅、果物、そしてパン ほか)

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年8月24日

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