書評
『森のはずれで』(文藝春秋)
家族の物語 感じる哀切
三島賞作家、小野正嗣の、本当に待望の新刊。小野の小説は、ちょっと不思議だ。今度の小説は、森のはずれに暮らす一家の物語なのだが、その森がどこにあるのか、森の地図はどんなふうになっているのか、さっぱり描かれない。だが私たちは、この一家が不思議な森の住人たちと交流する具体的様子に引き込まれる。片方の乳を出した裸同然の老婆を、語り手の息子は連れてくる。難民とおぼしき妊婦の大きなおなかが揺れているのを目撃する。
文章はシンプル。複雑な技巧が施された文章などない。だが、森や老いや死や生誕を通じて、私たちは、何か大きな存在に触れている。優しいだけのファンタジーの舞台ではなく、難しいだけの抽象的なトポスでもなく、森はそこに存在する。家族は森に含まれている。哀切な感情を読者は禁じえない。
ここに収められた連作は、ちょっと日本では他に書き手の見つからない種類の小説だ。大江健三郎とアゴタ・クリストフが独特の形で融合している、と言えば、たぶん小野は恥ずかしがるだろう。もちろん、彼の専門分野であるカリブ海文学とも、どこかで通じている。
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