書評

『三つ編み』(早川書房)

  • 2019/04/28
三つ編み / レティシア・コロンバニ
三つ編み
  • 著者:レティシア・コロンバニ
  • 翻訳:齋藤 可津子
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2019-04-18
  • ISBN-10:4152098554
  • ISBN-13:978-4152098559
内容紹介:
フランスで100万部突破、32カ国で翻訳決定!3つの大陸、3人の女性、3通りの人生。唯一重なるのは、自分の意志を貫く勇気。インド。不可触民のスミタは、娘を学校に通わせ、悲惨な生活か… もっと読む
フランスで100万部突破、32カ国で翻訳決定!

3つの大陸、3人の女性、3通りの人生。
唯一重なるのは、自分の意志を貫く勇気。

インド。不可触民のスミタは、娘を学校に通わせ、
悲惨な生活から抜け出せるよう力を尽くしたが、
その願いは断ち切られる。
イタリア。家族経営の毛髪加工会社で働くジュリアは
父の事故を機に、倒産寸前の会社をまかされる。
お金持ちとの望まぬ結婚が解決策だと母は言うが……。
カナダ。シングルマザーの弁護士サラは
女性初のトップの座を目前にして、癌の告知を受ける。
それを知った同僚たちの態度は様変わりし……。

3人が運命と闘うことを選んだとき、
美しい髪をたどって
つながるはずのない物語が交差する。

解説=高崎順子

文学賞8冠達成!

全国図書館協会賞
グローブ・ドゥ・クリスタル賞(文学部門)
「ルレイ」旅する読者賞
女性経済人の文学賞
ユリシーズ賞(デビュー小説部門)
フランス・ゾンタクラブ賞
全国医療施設内図書館連盟賞
ドミティス文学賞
早川書房より好評発売中の『三つ編み』(レティシア・コロンバニ/齋藤可津子訳)。理不尽な人生に立ち向かう3人の女性たちを描き、フランスで100万部突破したベストセラーのレビューを、ノンフィクションライターの佐々涼子さんがお届けします。

日本では、強い女の子は圧倒的に損なのだ。なぜか?

レビューを書く前に、ごくごく個人的な話をすると、私は最近筋トレにはまっている。不思議なことに自分にパワーが宿るにつれて、背中に羽が生えたかのような自由を感じるようになった。誰かに頼るのではなく、自分を信じること。それが他人の目を気にすることなく、自分の本当の願いに近いところで生きることの快感を教えてくれたのだ。

私は個性的なネイルを施し、髪の色を変え、誰かの好みに合う味付けを一切やめて、自分のために料理を作るようになった。すると、私の魂はみるみるうちにかろやかに健やかになっていったのである。

あっという間に高重量を持ち上げられるようになって、私は自分のさまざまな思い込みにぶち当たった。口にするのも恥ずかしいが、今まで私はモデルなみに痩せて華奢になりたいと思っていたのである。自律神経失調で太り始めた体はみるみる引き締まり、現在15キロ減。健康で風邪ひとつ引かない。もう太ってもいない。それなのにひもじい思いをしてでも、もっと痩せたいと思っている。だが、これ以上痩せると、今まで持ち上げていたものが持ち上がらなくなるという段になって、ふと考えてしまった。

「そもそも華奢がいいっていうのは誰の目線なの?」

出てくる、出てくる。自分を窮屈にしてしまっている思い込み。

「背が高い自分をどうして恥ずかしいと思っていたの?」

「より逞しくなってしまうことに、どうして抵抗があるの?」

ねえ、私の思い込みって変じゃない? 小さな頃からアクセルを踏みながら、ひそかに心でブレーキをかけている自分に、自分自身まったく気づいていなかったのだ。

よくよく考えてみると変な自主規制がたくさんある。

「どうして、いい成績取っちゃダメなの?」

「どうして他人の目や評価ばかり気にしていたの?」

考えてみれば、今の時代、もっと弱くていいとか、もっと自分を甘やかしてもいいとか、そういうメッセージはあふれているけれど、強いなら強いままでオッケーとか、マッチョでも逞しくても大丈夫とか、そんなこと言われたことがあっただろうか。日本では、強い女の子は圧倒的に損なのだ。なぜか? たぶんそれは社会にとっていろいろな意味で脅威だから。


そんな折だ。「きっと、この本気に入りますよ」と勧められたのが『三つ編み』(レティシア・コロンバニ)。読み始めたら止まらない。仕事場にしているドトールで、号泣してしまった。さして期待もしていなかったので不覚にも油断した。嗚咽は漏れるし、鼻水は出るしでもう大変。まるっきり遠くの国に暮らす、出会うことのない三人の女たち。でも、これは私を呪縛から解き放ってくれる自由への物語だった。
 

この本の主人公は三人の女性。国籍も、置かれた立場も、直面している困難もそれぞれ違う。最初に登場する主人公はインドの不可触選民スミタ。彼女は娘に教育を与えたい一心で決死の逃避行を目論む。次に描かれるのは毛髪加工の作業場で働くイタリア人ジュリア。彼女は異国からやってきた男性に恋をし、保守的な町で、父の倒れたあとの工場の再建を背負う。カナダのサラは、法律事務所のやり手弁護士。この世の成功を手中に収めたかに見えたが、突然のがんの宣告により、自分の積み上げてきたキャリアがもろくも崩れさるのを思い知る。

彼女たちはお互いを知らない。そして、とうとう知らないままで物語は終わる。私の国とも無縁の人たちだ。だが、私は彼女たちが愛しい。女が足を引っ張り合うストーリーは今までさんざん読んできた。しかし、この分断の世の中にあって、彼女たちはそれぞれが、社会の理不尽さの中で、自分の自由を求めて立ちあがり、その行動が目に見えない形で繋がりあう。

心の底から私は願った。私も三つ編みのひとつに加わりたい。世界では、女性のストーリーが書き変わりつつある。アメリカの映画、『キャプテン・マーベル』は、押さえつけられていた女性が自分の力を取り戻すストーリーだし、保守的と言われるお隣の韓国でも、目に見えない女性の息苦しさが、『82年生まれ、キム・ジヨン』につづられベストセラーになっている。

では私たちは? 私たちはどうだろう。黒い髪を同じように束ね、同じリクルートファッションに身を包んだ大学生たちに、賢いね、日本社会に生きていくにはそうじゃなきゃね、だってそうしなくちゃ損だもん、というメッセージを出していないだろうか。そうじゃない。私たちはもっと自由でいい。もっと自分の人生を生きていい。
 

彼らに『三つ編み』を贈りたい。社会に過剰適応して生きてきたすべての老若男女にこの本を。

そう、これは私たちの物語だ。本当の自分の願いをかなえるための勇気の書だ。

【書き手】佐々涼子(ノンフィクションライター)
早稲田大学法学部卒業。日本語教師を経て、ノンフィクションライターに。新宿歌舞伎町で取材を重ね、2011年『たった一人のあなたを救う 駆け込み寺の玄さん』(のちに『駆け込み寺の男 ―玄秀盛―』に改題、ハヤカワ文庫)を上梓。2012年『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で第10回集英社・開高健ノンフィクション賞を受賞。2014年に刊行された『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』(ハヤカワ文庫)は、雑誌『ダ・ヴィンチ』のBOOK OF THE YEAR 2014(エッセイ・ノンフィクションランキング)第1位、紀伊國屋書店スタッフが全力でおすすめする「キノベス! 2015」第1位、第49回書店新風賞特別賞など全8冠を獲得してベストセラーとなった。
三つ編み / レティシア・コロンバニ
三つ編み
  • 著者:レティシア・コロンバニ
  • 翻訳:齋藤 可津子
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2019-04-18
  • ISBN-10:4152098554
  • ISBN-13:978-4152098559
内容紹介:
フランスで100万部突破、32カ国で翻訳決定!3つの大陸、3人の女性、3通りの人生。唯一重なるのは、自分の意志を貫く勇気。インド。不可触民のスミタは、娘を学校に通わせ、悲惨な生活か… もっと読む
フランスで100万部突破、32カ国で翻訳決定!

3つの大陸、3人の女性、3通りの人生。
唯一重なるのは、自分の意志を貫く勇気。

インド。不可触民のスミタは、娘を学校に通わせ、
悲惨な生活から抜け出せるよう力を尽くしたが、
その願いは断ち切られる。
イタリア。家族経営の毛髪加工会社で働くジュリアは
父の事故を機に、倒産寸前の会社をまかされる。
お金持ちとの望まぬ結婚が解決策だと母は言うが……。
カナダ。シングルマザーの弁護士サラは
女性初のトップの座を目前にして、癌の告知を受ける。
それを知った同僚たちの態度は様変わりし……。

3人が運命と闘うことを選んだとき、
美しい髪をたどって
つながるはずのない物語が交差する。

解説=高崎順子

文学賞8冠達成!

全国図書館協会賞
グローブ・ドゥ・クリスタル賞(文学部門)
「ルレイ」旅する読者賞
女性経済人の文学賞
ユリシーズ賞(デビュー小説部門)
フランス・ゾンタクラブ賞
全国医療施設内図書館連盟賞
ドミティス文学賞

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HAYAKAWA BOOKS & MAGAZINES

HAYAKAWA BOOKS & MAGAZINES 2019年4月25日

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