書評

『小沼丹 小さな手袋/珈琲挽き 大人の本棚』(みすず書房)

  • 2022/02/10
小沼丹 小さな手袋/珈琲挽き  大人の本棚 / 小沼 丹
小沼丹 小さな手袋/珈琲挽き 大人の本棚
  • 著者:小沼 丹
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2002-02-22
  • ISBN-10:4622048256
  • ISBN-13:978-4622048251
内容紹介:
「小説もいいし、随筆もいいという作家はそんなにいない。先ず浮ぶのは井伏鱒二。その次に、学生のころから井伏さんが好きで師事していた小沼丹がいる」。「何がそれほど惹きつけるのか。… もっと読む
「小説もいいし、随筆もいいという作家はそんなにいない。
先ず浮ぶのは井伏鱒二。
その次に、学生のころから井伏さんが好きで師事していた小沼丹がいる」。

「何がそれほど惹きつけるのか。
何が親しみと共感のうちにやがて深い喜びと安らぎをもたらすのだろう。
誠実味だろうか。腕白とユーモアだろうか。決して愚痴をこぼさない男らしさだろうか。
詩的感受性の細やかさだろうか。
東西の文学、芸術から吸収して当人の気質に融け込ませてしまった教養の力だろうか。
悠々としているところだろうか。
つまるところは才能というほかないのである」。(庄野潤三)
「玄関で風呂をたいている」と聞き、風呂桶を置いているだけのことなのに「君とこの玄関は随分たてつけがいいんだね」、たたきに水を張って湯を沸かすと勘違いした――尾崎一雄の短編で茶化されている井伏鱒二も可愛いけれど、小沼丹のエッセイ集に顔を出す井伏先生も相当にお茶目だ。原稿の締切が迫っているのに、「もう一番」と勝つまで将棋を指しつづけたり、小沼さんの庭にある地蔵を見て、「何だ、君は地蔵迄……」と絶句、盗んできたと勘違いし、最後までその誤解を解かないとか(とはいえ、小沼さんには若い頃、飲み屋の徳利や、道路標識、工事現場の点滅灯などを失敬してきた“前科”があるから、井伏先生の思い込みも仕方ないといえば仕方ない?)。

大作家だけじゃない。この本に出てくるすべての人が、動物が、物が、小沼丹という類いまれなる品格とユーモアと優しさを備えたレンズを通し、柔らかな輪郭と親しみをまとって立ち上がってくるのだ。お尻をかきたいのに、もんぺをはかされているため思うようにかけず、その隔靴掻痒(かっかそうよう)感を不満げな横眼で伝える猿。一見弱そうなのに、見事ガキ大将を退散させてしまう男の子。庭にやってくる鳥たち。近況をさらりと書いたハガキを送ってくれる親友の庄野潤三。いつの間にか一〇〇〇枚ほども集まってしまったコースター。

そうした身近なものを描いた小沼さんのエッセイは、読み出すと止まらないほど面白い。筆趣に飽きるということがない。それはやはり小沼丹その人の魅力に端を発しているのではないか。もの忘れが激しく(このエピソードの数々も実に可笑しい)、おおらかで、穏やかで、知的で、ユーモリストで。大人のエッセイだなあ、と思う。大人ならこういうエッセイを読まなきゃなあ、と思う。

【文庫版】
小さな手袋 / 小沼 丹
小さな手袋
  • 著者:小沼 丹
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(286ページ)
  • 発売日:1994-07-05
  • ISBN-10:4061962809
  • ISBN-13:978-4061962804

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珈琲挽き / 小沼 丹
珈琲挽き
  • 著者:小沼 丹
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2014-02-11
  • ISBN-10:4062902222
  • ISBN-13:978-4062902229
内容紹介:
小沼丹の生前、最後に出た随筆集。庭の木々、木漏れ日、多くの友。ユーモアあふれ穏やかな、遠い風景と澄み切った時を描く上質の文章

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【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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小沼丹 小さな手袋/珈琲挽き  大人の本棚 / 小沼 丹
小沼丹 小さな手袋/珈琲挽き 大人の本棚
  • 著者:小沼 丹
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2002-02-22
  • ISBN-10:4622048256
  • ISBN-13:978-4622048251
内容紹介:
「小説もいいし、随筆もいいという作家はそんなにいない。先ず浮ぶのは井伏鱒二。その次に、学生のころから井伏さんが好きで師事していた小沼丹がいる」。「何がそれほど惹きつけるのか。… もっと読む
「小説もいいし、随筆もいいという作家はそんなにいない。
先ず浮ぶのは井伏鱒二。
その次に、学生のころから井伏さんが好きで師事していた小沼丹がいる」。

「何がそれほど惹きつけるのか。
何が親しみと共感のうちにやがて深い喜びと安らぎをもたらすのだろう。
誠実味だろうか。腕白とユーモアだろうか。決して愚痴をこぼさない男らしさだろうか。
詩的感受性の細やかさだろうか。
東西の文学、芸術から吸収して当人の気質に融け込ませてしまった教養の力だろうか。
悠々としているところだろうか。
つまるところは才能というほかないのである」。(庄野潤三)

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初出メディア

婦人公論

婦人公論 2002年7月7日号

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