書評

『岩塩の女王』(新潮社)

  • 2022/04/10
岩塩の女王 / 諏訪 哲史
岩塩の女王
  • 著者:諏訪 哲史
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • 発売日:2017-08-22
  • ISBN-10:410331382X
  • ISBN-13:978-4103313823
内容紹介:
鮮烈なデビューから十年、独自の文学世界を構築する記念碑的小説集。典雅な言葉の結晶が異空間へと誘う――千変万化する魅惑の六篇。

言葉発する行為、正面に見据え

言葉を一つ一つ確かめながら綴る。書いては消し、消してはまた書く。そうした営為、言葉を連ねていくことの歓びと苦しみが、ありありと伝わってくる。諏訪哲史の小説集『岩塩の女王』において、心ある読者が経験することは、執筆の呼吸をめぐる作者の体感そのものにほかならない。

いったんそれに気づくと、収録された六編の、文体やモチーフと呼ばれるものがいかに掛け離れていようと、そんなことは問題ではなくなる。言葉をたどり、空白を読む。文章の呼吸と進行をなぞり、体感することができる。単語の一つ一つに、作者が手に取って確かめた感触がある。文学作品を読むときの、基層部分にあたる楽しさがそこにはあるのだ。

失語症の予後に似た状態の中で書かれた「無声抄」。言葉を見失う危機に陥っても、最後に戻るところはやはり言葉だった。「いま、言葉がはじまる、そういう予感が、めまいをともなう強烈な陽光のごとく、かれのうえに照りつけていた」。人間が言語を有することそのものを、言祝ぐ一行ではないか。言葉を発する行為を、正面から見据えるとき、この一行はけして大仰には響かない。

表題作「岩塩の女王」や「幻聴譜」など、寓話風の作品には作者の好みが反映され、手腕が発揮されている。その一方、夫婦の日常を描く「ある平衡」には、作者にとっての新たな試みが仕組まれ、言葉の連関が見せる亀裂のみずみずしさが、親しみを喚起する。

三半規管にも似た作りの屋敷に住むピアノ教師・津由子、庭のカタツムリ、聞こえなくなる耳。どこまでも親和性のあるイメージが共鳴する作品「蝸牛邸」は、ぞっとするような深みを見せ、引き込む。聴覚的な要素は先に触れた「無声抄」とも響き合う。作品によっては、行分け詩を思わせる箇所もあり、詩を感じさせる小説集。作者が言葉と鋭く向き合った、その痕跡を受け取りたい。
岩塩の女王 / 諏訪 哲史
岩塩の女王
  • 著者:諏訪 哲史
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • 発売日:2017-08-22
  • ISBN-10:410331382X
  • ISBN-13:978-4103313823
内容紹介:
鮮烈なデビューから十年、独自の文学世界を構築する記念碑的小説集。典雅な言葉の結晶が異空間へと誘う――千変万化する魅惑の六篇。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2017年10月08日

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