書評
『スクリュー音が消えた―東芝事件と米情報工作の真相』(新潮社)
「日本叩き」の原点浮き彫り
ワシントンの議事堂前で、下院議員が東芝製のラジカセをハンマーで叩(たた)き割っている映像は衝撃的だった。その生々しさだけが記憶され、あの事件はいったい何だったっけ、と忘れている人は多い。もう六年半前になる。ジャパンバッシング(日本叩き)という言葉が日常語となったのも、このパフォーマンス以降であった。なぜあんな失態を招いたのか。東芝機械がココム(対共産圏輸出調整委員会)規制のハイテク工作機械を違法輸出したのは事実だった。スクリュー音が大きいソ連潜水艦は敵に追尾されやすい。西側の工作機械で改良する必要に迫られていた。日本人の意識では形式的にココム体制に参加していたにすぎない。そこに東芝機械の商機があった。だがココム違反に眼を光らせていたCIAは、ここぞとばかり摘発する。東芝機械の電話や通産省の暗号通信などすべて傍受されていた。問題はその後の日本政府の対応である。ココム違反はフランス、ドイツ、ノルウェイなど六カ国九社にのぼっていた。にもかかわらず袋叩きにあったのは日本だけだった。
事実を指摘されるといったんは隠し、それができないとわかると謝罪し、つぎにロビー活動で言い訳をする、という一連の不手際が事態を深刻にさせた。先日のテレビ朝日の椿発言における民放連の対応(テープが無いと嘘(うそ)を言い、テープを提出しろと圧力をかけられるとすいませんと提出する)と似ている。日本政府は情報戦に負け、役人的な対応でさらに火勢を強めたのだ。
日米関係のテーマで求められているのは“論”ではなく、具体的な事例を挙げ検証するケーススタディである。ところが本書のような、近過去に発生した事件の顛末(てんまつ)を浮き彫りにするため、可能な限り日米双方の関係者にヒヤリング調査したリポートは稀(まれ)である。あまり生産的とはいえないアカデミズムやシンクタンクにこうしたリポートが山積される日が来なければ、日本が国際的舞台で役割を担う段階には至らないだろう。