書評
『ゲーム・オーバー―任天堂帝国を築いた男たち』(角川書店)
外国人ゆえ書けた「任天堂」論
任天堂の今期の年間利益は千六百億円を超え、松下電器を抜いた。四万九千人の従業員を抱えて四苦八苦する世界一の家電メーカーに対し、任天堂はたった八百九十人の高収益企業である。その任天堂は経営者一族やユニークな社員やライセンス制による高収益のシステムについて、これまであまり立ち入って触れられたことがなかった。日本人だったらここまで踏み込んで書けただろうか、というのが本書を読んでの第一の感想である(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆年は1993年)。このエキセントリックに急成長を遂げつつある家庭用ゲーム機のトップメーカーに関わる業界の人びと、つまり、任天堂にゲームソフトを供給しているライセンス企業、あるいはそのゲームソフトを特集と称して宣伝している出版社など、彼らは任天堂の問題点(高額なロイヤリティ)については口をつぐむしかないのだ。一般ジャーナリズムも無関心だった。
ガイジンである著者は、任天堂の経営幹部やソフト開発者など、たくさんのエースたちを片っ端からインタビューする機会に恵まれた。ふつうの日本人には認めないことを社長山内溥はガイジンに許した。アメリカ人のいわれない日本叩(たた)きに対し、任天堂の真の姿を知ってもらいたい、と考えたのかもしれない。実際、著者は任天堂以外のライセンス企業の取材もこなし、正直に書いたのである。どう受け止めるか、それは勝手なのだが、社長は裏目に出たと思ったようだ。ニューヨーク・マガジン誌が、「任天堂のエグゼグティブは二年間にわたってデヴィッド・シェフの取材に協力したが本書の見本刷りを見てすっかりヘソをまげてしまい、シェフによると『厳しい文面の手紙をファクスで送ってきて任天堂が著作権をもつキャラクターのイメージを表紙に使うことはまかりならぬ』と断ってきたという。おかげで出版社はスーパーマリオをあしらった表紙をすべて廃棄処分にせざるを得なかった」と内幕を述べているように、である。篠原慎訳。