書評

『あがないの時間割―ふたつの体罰死亡事件―』(勁草書房)

  • 2023/09/08
あがないの時間割―ふたつの体罰死亡事件― / 塚本 有美
あがないの時間割―ふたつの体罰死亡事件―
  • 著者:塚本 有美
  • 出版社:勁草書房
  • 装丁:ペーパーバック(332ページ)
  • 発売日:1994-03-10
  • ISBN-10:4326970545
  • ISBN-13:978-4326970544
内容紹介:
1985年、岐阜県で二つの体罰死亡事故が起きた。二人の高校生はなぜ死なねばならなかったのか。学校と市民社会のすれ違い、その只中に起きた"学校荒廃現象"をディテールの積み上げによって再現する。

収容所と化した高校に迫る

神戸高塚高校で十五歳の女子高生が鉄製の門扉で死亡した校門圧死事件は三年前の出来事である(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆年は1993年)。本書の著者が取材し分析を試みた岐阜県立中津商と岐陽高の体罰死亡事件はさらにそれより五年前、一九八五年に起きている。二つの事件の仔細(しさい)を調べていくと、なるほど校門圧死事件はどこで起きてもおかしくない、高校教育の病弊の顕れにすぎないことがわかる。

中津商二年生で陸上部員だったE美は「お父さん、お母さん、私はつかれました。……たたかれるのももうイヤ」と体罰を訴える遺書を残して自殺した。彼女は陸上部顧問Y教諭の指導で同学年ランキングが全国三位という記録をもつやり投げ選手だった。Y教諭の暴力は凄(すさ)まじく正座させ竹の棒をムチにして叩(たた)くなどあたりまえ、記録が伸びない原因が体重不足と思えば「ボールのようなおにぎりを十五個も食べさせられる」という徹底したスパルタ式だった。こうした勝利至上主義は、一定の成果を生み出した。部活必勝路線の中津商は県優勝の実績をもつ部が過半数を占め、校内暴力の最盛期にも学校が荒れることなく規律正しい校風が保たれたのである。

七〇年代に校内暴力が頻発しはじめた。陰湿ないじめも話題になりはじめた。学校の機能低下は、商業・工業・農業などの実業校や新設の普通校に著しくみられた。遅刻はあたりまえ、授業中のおしゃべりは度を越えており、教師―生徒関係の解体が八〇年代には深刻な現象になっていく。

岐陽高は進学率を高めることで荒廃を食い止めようとしたが、結局、体罰が切り札となっていく。事件は不幸な形で起きた。修学旅行でドライヤーを持参した生徒がA教諭のクラスに集中した。A教諭は他校から赴任してきたので体罰の習慣になじまなかったが同僚からなじられ、思わず正座させられていたT男の頭や腹を蹴(け)りまくりショック死させてしまう。

本書は単なる教師批判に終わらず、具体的な事例を掘り下げて時代遅れの収容所と化した学校の実情を見抜こうと努めているのである。
あがないの時間割―ふたつの体罰死亡事件― / 塚本 有美
あがないの時間割―ふたつの体罰死亡事件―
  • 著者:塚本 有美
  • 出版社:勁草書房
  • 装丁:ペーパーバック(332ページ)
  • 発売日:1994-03-10
  • ISBN-10:4326970545
  • ISBN-13:978-4326970544
内容紹介:
1985年、岐阜県で二つの体罰死亡事故が起きた。二人の高校生はなぜ死なねばならなかったのか。学校と市民社会のすれ違い、その只中に起きた"学校荒廃現象"をディテールの積み上げによって再現する。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1993年11月8日

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