書評

『星のしるし』(文藝春秋)

  • 2024/03/22
星のしるし / 柴崎 友香
星のしるし
  • 著者:柴崎 友香
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(165ページ)
  • 発売日:2008-10-10
  • ISBN-10:4163274804
  • ISBN-13:978-4163274805
内容紹介:
世界はしるしに満ちていて、もろく、美しい――。『春の庭』で第151回(2014年上期)芥川賞を受賞した柴崎友香の傑作!30歳を目前にした会社員・果絵と、その恋人、友人、同僚、居候らが大阪の… もっと読む
世界はしるしに満ちていて、もろく、美しい――。『春の庭』で第151回(2014年上期)芥川賞を受賞した柴崎友香の傑作!
30歳を目前にした会社員・果絵と、その恋人、友人、同僚、居候らが大阪の街を舞台に織りなすゆったりとしたドラマ。祖父の死、占い、ヒーリング、UFO、宇宙人……。日常の中にごくあたりまえにあるいくつもの見えない「しるし」が、最後に果絵にひとつの啓示をもたらす。繊細で緻密な描写力によって、世界全体を小説に包みこむ方法を模索してきた、純文学の世界で最も注目される作家の集大成的作品です。
八月から九月にかけてのメガ・ノヴェル新刊ラッシュにかまけて読めていなかったものの、気になっていた本を少しずつフォローしている日々ですの。で、柴崎友香の『星のしるし』を読んで、今さらびっくり。「文學界」の二〇〇八年六月号に掲載された作品なのに、どうして第一三八回芥川賞候補に挙がらなかったんでしょ。恋人や友人同士が、家で飲み食いしながらわいわいやってるって構図は変わり映えしませんけど、これ、かなり不穏な問題作になっておりますのに。

ほとんど大したことも起きないのに、いざ粗筋を説明しようとすると手強い、筋をかいつまんで説明することを徹底拒否する語りによって成立している、そのことがまず素晴らしい。年の割に落ち着いて見えるから周囲から「果絵さん」と「さん」づけで呼ばれる語り手〈わたし〉の日常を、現実に起きていることの描写と、〈わたし〉の心理描写によって綴っているわけですが、その描写のいちいちが不穏なくらい抜け目がないんです。もともと柴崎さんといえば、視点人物が見たもの、聞いたものを、たとえそれがささいなものだとしても、いや、ささいなものだからこそ丁寧に描く姿勢が特徴的な作家だと思うんですが、『星のしるし』ではそれが常軌を逸しているというのかな。読んでいると不安になってくるほどなんです。たとえば、こういう描写にわたしはおののくわけで。

皆子(筆者註=果絵の友人)は、こたつを囲んでいる男三人を見た。ビールの空き缶やワインの瓶がこたつの上に集まりはじめていた。皆子の目は、羨ましそうというのでもなかったし、呆れているのともちがって、ただちょっと違和感のあるなにかをよく見ようとしているみたいに見えた。わたしは、テーブルの上に転がったいくつもの封の開いた食料品を除け、皆子が持ってきたカステラの包みを広げた。底の薄い紙を剝いてかじり、茶色いところの中に入っている粗目(ざらめ)を噛んだ。

果絵は週末になると恋人・朝陽の家に泊まるのを習慣にしてて、いろんな人の溜まり場みたいになってるその家での友人たちとのやりとりが小説の半分くらいを占めています。で、そのすべての場面でこんな調子なんです。

朝陽にはこうやって家の中に誰かのものが増えていくのは普通のことなんやなあと思い、わたし自体もそんなもんやろうかとときどき考えたりするのだけれど、すぐにこの部屋に馴染んでしまうほかのものたちと仲間だったらそれはそれでいいのかもと思うくらい、わたしはここにいるのが好きみたいだった。

ここも感服したなー。普通だったら〈好きだった〉と書くところに〈みたい〉と入れるのが凄い! たいていの作家ならすっ飛ばすような描写や言葉を、柴崎さんはないがしろにしない。なのに、小説自体は長めの中篇くらい。つまり、足し算ばかりじゃなく、引き算されてるところもあるってことです。そして、その引き算されてるのが何なのか、どこなのかは実作者ではないわたしにはわからない。柴崎さんの小説は読みやすさに引きずられて速読してしまうと、うっかり気づかないままになってしまうけれど、実はかなりトリッキーな語りによって成立しているんです。

この小説にはUFOや占いを扱って、信じる信じない、見える見えないといった心理と知覚の不思議についての考察も織り込まれていて、それにまつわるかなり不穏かつ破調の展開もあり、興奮させられるんですが、残念ながら紙幅が尽きました。ただ、これだけは言っておきとうございます。芥川賞の下読みの目は節穴だね、いつものことだけどもさっ。柴崎さんの目やにでも煎じて呑むがいいよ。

【この書評が収録されている書籍】
ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る篇 / 豊崎 由美
ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る篇
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(288ページ)
  • 発売日:2012-06-21
  • ISBN-10:486011230X
  • ISBN-13:978-4860112301
内容紹介:
和もの外文問わず厳選82作+その他5作。1500字に詰まった1冊入魂のガタスタ屋の矜持をご覧じろ。

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星のしるし / 柴崎 友香
星のしるし
  • 著者:柴崎 友香
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(165ページ)
  • 発売日:2008-10-10
  • ISBN-10:4163274804
  • ISBN-13:978-4163274805
内容紹介:
世界はしるしに満ちていて、もろく、美しい――。『春の庭』で第151回(2014年上期)芥川賞を受賞した柴崎友香の傑作!30歳を目前にした会社員・果絵と、その恋人、友人、同僚、居候らが大阪の… もっと読む
世界はしるしに満ちていて、もろく、美しい――。『春の庭』で第151回(2014年上期)芥川賞を受賞した柴崎友香の傑作!
30歳を目前にした会社員・果絵と、その恋人、友人、同僚、居候らが大阪の街を舞台に織りなすゆったりとしたドラマ。祖父の死、占い、ヒーリング、UFO、宇宙人……。日常の中にごくあたりまえにあるいくつもの見えない「しるし」が、最後に果絵にひとつの啓示をもたらす。繊細で緻密な描写力によって、世界全体を小説に包みこむ方法を模索してきた、純文学の世界で最も注目される作家の集大成的作品です。

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本の雑誌

本の雑誌 2005年3月号~2012年5月号

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