書評
『クリプトノミコン〈1〉チューリング』(早川書房)
ニール・スティーヴンスンは確かにSF作家だ。その彼が書いた九十年代の掉尾(ちょうび)を飾る(本国で刊行されたのが九十九年)にふさわしい大作『クリプトノミコン』もハヤカワSF文庫から出ている。ところがっ、これがバリバリのSF作品じゃないんだよねえ。そういう一ジャンルには収まりきらない、色んな物語の要素を取り込んだ壮大なスケールの傑作“小説”。そうとしか言いようのない作品なのだ。
ストーリーは大きく分けて二つの時代に沿っている。ひとつは第二次世界大戦中で、主人公はアメリカ海軍の暗号解読者ローレンス。実在の数学者チューリングらも交えての、連合国側の暗号開発と解読にまつわる物語が展開されていく。山本五十六やロンメル将軍なども登場し、史実にのっとったエピソードをふんだんに盛り込んだこのパートは、冒険小説ファンも十二分に楽しめる内容になっているのだ。
今ひとつの舞台は現代。主人公はローレンスの孫で、ネットワーク技術者であるランディル。フィリピン近くの島に、安全で匿名で規制のないデータの貯蔵庫「データヘブン」を作る事業計画に参加している。そのために海底光ファイバーケーブルを敷設する事業に便乗し、第二次世界大戦中に沈んだナチの秘密潜水艦と共に眠る財宝発掘を狙うグループなども登場。従来の企業家、ベンチャー起業家、ハッカーたちによる虚々実々の駆け引きが展開されるこのパートには、サイバーパンクSFファンが狂喜乱舞間違いなし。
この二つの時代をつなぐのが、ランディが祖父の遺品の中から発見した大戦当時の新型暗号アレトゥサと日本軍が遺した金塊。通底するテーマは、自由を希求する者とそれを抑圧する者との戦いだ。連合国vs.ナチス、自由なサイバースペースを夢みるハッカーvs.旧弊型の資本家。その知力を尽くした戦いぶりがまずは圧巻。とはいっても、真面目一方ではまるでない。冗談に次ぐ冗談。バカ話に次ぐバカ話。ヴォネガットとピンチョンの語り口が合体したような面白エピソードが満載されていて、どんな読者をも飽きさせるということがない。これを読まなきゃ、二十世紀は総括できない!
【この書評が収録されている書籍】
ストーリーは大きく分けて二つの時代に沿っている。ひとつは第二次世界大戦中で、主人公はアメリカ海軍の暗号解読者ローレンス。実在の数学者チューリングらも交えての、連合国側の暗号開発と解読にまつわる物語が展開されていく。山本五十六やロンメル将軍なども登場し、史実にのっとったエピソードをふんだんに盛り込んだこのパートは、冒険小説ファンも十二分に楽しめる内容になっているのだ。
今ひとつの舞台は現代。主人公はローレンスの孫で、ネットワーク技術者であるランディル。フィリピン近くの島に、安全で匿名で規制のないデータの貯蔵庫「データヘブン」を作る事業計画に参加している。そのために海底光ファイバーケーブルを敷設する事業に便乗し、第二次世界大戦中に沈んだナチの秘密潜水艦と共に眠る財宝発掘を狙うグループなども登場。従来の企業家、ベンチャー起業家、ハッカーたちによる虚々実々の駆け引きが展開されるこのパートには、サイバーパンクSFファンが狂喜乱舞間違いなし。
この二つの時代をつなぐのが、ランディが祖父の遺品の中から発見した大戦当時の新型暗号アレトゥサと日本軍が遺した金塊。通底するテーマは、自由を希求する者とそれを抑圧する者との戦いだ。連合国vs.ナチス、自由なサイバースペースを夢みるハッカーvs.旧弊型の資本家。その知力を尽くした戦いぶりがまずは圧巻。とはいっても、真面目一方ではまるでない。冗談に次ぐ冗談。バカ話に次ぐバカ話。ヴォネガットとピンチョンの語り口が合体したような面白エピソードが満載されていて、どんな読者をも飽きさせるということがない。これを読まなきゃ、二十世紀は総括できない!
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初出メディア

- 2002年11月号
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