コラム

文化に貢献した「カバヤぶんこ」

  • 2017/10/20
「カバヤぶんこ」を覚えているだろうか。いつ始まっていつ終わったのか正確なことは知らないけれども、僕が小学生だった昭和三十年前後のころに、信州の田舎の村でも子供たちの話題を独占していた。カバヤキャラメルを買うとカードがついていて、それには「カ」とか「バ」とか一字が書いてあって、カバヤぶんこ(ブンコだったかもしれない)と六字ぶんを整えると、本が一冊もらえるのである。

ところが、買っても買ってもなかなか出ない一字があって、よほど運に恵まれないと手に入らない。

隣の町に行くとその一字がよく出るとか、鉄ビンのフタを背中にしょって人に気づかれないように買いに行くと出るとか、いろんなうわさが流れていた。

僕はついに当たらなかったし、当たった友だちに見せてもらった内容がはたしてどの程度のものだったか忘れたけれども、この世の中に文庫という本の形式があることを初めて知ったのは、立川でも岩波でもなくカバヤだった。内容はさておき、曲がりなりにも書籍が子供の世界の話題を独占したのはこの時だけだったんじゃないだろうか。

その後、カバヤキャラメルは、あまり見なくなった。大人になってから、製造販売元が岡山の会社であることを知った。さらに、十年ほど前、その会社は二つに分かれ、発展し、ひとつは先端技術の優良企業、「林原」になっていることも知った。

さて先日、第一回メセナ大賞の発表があった。メセナというのは企業の文化貢献のことで、その第一回の大賞に選ばれたのは「林原」だった。林原グループが地元・岡山で、長年にわたって地道に展開している文化講演会や備前刀の研究活動が高く評価されたのである。

『朝日新聞』でも受賞のことは記事になり、社長の林原さんは「人」欄に登場していたが、残念ながら「カバヤぶんこ」の件は触れられていなかった。この企業は、僕が子供のころから文化に貢献していたのに……。

【このコラムが収録されている書籍】
建築探偵、本を伐る / 藤森 照信
建築探偵、本を伐る
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2001-02-10
  • ISBN-10:4794964765
  • ISBN-13:978-4794964762
内容紹介:
本の山に分け入る。自然科学の眼は、ドウス昌代、かわぐちかいじ、杉浦康平、末井昭、秋野不矩…をどう見つめるのだろうか。東大教授にして路上観察家が描く読書をめぐる冒険譚。

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