対談・鼎談

『佐佐木幸綱歌集』佐佐木幸綱|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2017/10/28
山崎 もし、大江健三郎氏が批判したような歌があったら、それは立派な歌なんで、それは強さの表現なんですね。

丸谷 だから、金嬉老はそういうことを拙劣な型としてやった。三島由紀夫も、あの下手な辞世……。

山崎 あれは少しひどい(笑)。

丸谷 ……を残すときに、型としてやろうとしたわけ。でも、みんなやれなかった。

山崎 仕方がないので、あまりにも常識的なことを申しますが、呪文にも型にも二種類あって、類型と典型とは違うわけですよ。つまり、類型的な歌を残すということは愚劣なことだけれども、死にぎわに典型的な歌を残し得るということは、たいへんなことなんですね。自分の死を一つの典型として捉えられたら、そしておだやかな言葉で語れたら、まさに精神の強さを意味するのであって、それを類型的な歌と一緒くたにして、日本人の心の弱さであるというのは、いささか情けない。

わたくしがいいたいのは、佐佐木幸綱氏は、まさに、その間の微妙な区別をいいたかったんだろうということです。つまり心弱さとやさしさは違うといういい方で、わたくしのいう類型と典型とは違うということをいっているんだろうと思うんです。

丸谷 こういう解説者を持っているのは、佐佐木さんにとって非常に幸せなことだ(笑)。

山崎 いえ、それは彼の歌の力がわたくしにそういわしめたので……(笑)。

木村 「短歌型式はぼく自身の心弱い面をひきだそうとたえず誘いかけてくる」と彼がいう場合の”心弱い”とは、自分の心の中をそのままさらけ出すという意味だと思うんですね。また、さらけ出すような歌が多いんですよ。

「月光の坂」というところで、最初は、失恋の歌はうたわないと心に決めたのに、しかしそれは痩せ我慢で、俺もやっぱり先進のうたびとと同類であったか、と書いている。普通、恥ずかしくていえないようなことを、短歌によっていっているわけですね。これはさっきおっしゃったように、精神の強さという面もあるけど、もう半面、よくも悪くも心の叫びなんですね。痛いときには「痛い!」といい、熱いときには「熱い!」という。要するに、そういうことでしかない(笑)。

山崎 これは非常に本質的な批判で、これに答えるのはむずかしいですね。

木村 だんだん社会生活が高度に組織化し論理化してくると、論理的にものをいうこと自体が、バカバカしくなってくるわけですね。感情をそのまままず表出して、それによって自己というものを顕わにしようとする。ある意味では捨てばちみたいなところがあるけれども、そこからは何が生まれ出るのか、その点に多少、わたしの不満とか、疑問が残ります。

山崎 そのご批判は佐佐木氏を超えていまして、むしろ現代あるいは近代日本の文学全般に、もろに当てはまるんじゃないかと思うんです。

丸谷 佐佐木さんの歌、全部通して読んで思ったことは、このあいだ岡野弘彦さんという歌人と会って話をしたときも思ったんだけど、やはり、現代歌人は三十一音しか書かないため、ずいぶん世界を狭くしている。人麻呂は長歌と短歌と両方書いて精神を健全に保っていたような気がするんです、三好達治もそうですよね、いろんな日本の詩型を全部使えた。北原白秋という人がそうだった。そういう態度に、これからの日本の詩人はならなきゃいけないと思う。

山崎 わたくしも、その問題については、長年考えているんですが、一面では、もしそうすると、俳句も短歌もまたたく間に生気を失うかもしれないなとも思うんです。つまり、始めから短歌や俳句にふさわしい主題だけを選ぶことになり、それで内容的に背伸びをすることがなくなりますからね。

丸谷 さらにいえば、和歌というのは、やはり、応仁の乱で滅んだんじゃないかと思う(笑)。

木村 だけど、生命の純粋な燃焼というのは、やはり短いと思うんです。その意味では、三十一文字であれ、俳句であれ、そういう形の文学ないし芸術はあり得ると思うんです。いまなぜ短歌なのか、と歌人が問いかけること自体、歌人が現代社会にどれだけ入りこんでいるかということですから、本当に自分が現代と取り組み、その中で格闘していれば、三十一文字で表わせるものがあるんじゃないかという気がするんですが。

山崎 それはあると思います。その点については、彼も疑ってないと思うんですよ。

木村 ただ、佐佐木さんの場合、六十年安保を経験した後、現代社会をどう積極的に生きるかという姿勢が、ちょっと弱いと思うんです。そこに戦後世代の悩みを感じたんですが……。

歌を詠まれるほどの方は、自分を社会のゴミと思わないでいただきたい。

山崎 いや、思ってませんよ、彼は。ふてぶてしく大めし食って、大酒飲んでやっているようで、それは大丈夫です(笑)。

【この対談・鼎談が収録されている書籍】
鼎談書評  / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • 発売日:1979-09-00

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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1977年11月11日

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