書評

『世界温泉文化史』(国文社)

  • 2020/01/17
世界温泉文化史 / ウラディミール クリチェク
世界温泉文化史
  • 著者:ウラディミール クリチェク
  • 翻訳:種村 季弘,高木 万里子
  • 出版社:国文社
  • 装丁:単行本(444ページ)
  • ISBN-10:4772003711
  • ISBN-13:978-4772003711
内容紹介:
ヨーロッパにおいても日本同様、温泉治療は古くから行なわれていた。その起源は古代エジプト・ギリシャ・ローマ時代にさかのぼり、さらに中世になってからも多くの新しい湯治場が開かれた。イ… もっと読む
ヨーロッパにおいても日本同様、温泉治療は古くから行なわれていた。その起源は古代エジプト・ギリシャ・ローマ時代にさかのぼり、さらに中世になってからも多くの新しい湯治場が開かれた。イギリスのバース、大陸のバーデン=バーデンやカールスバート、マリエンバートなどは、現代に至るまで繁栄を続けている。本書は多数の図版と共に、ヨーロッパはもとよりロシア、アメリカ、アジアなど世界の湯治の歴史と文化を概観する。

海外温泉事情

たっぷりとした湯につかり、思うぞんぶん手足を伸ばす。このときほど、

「ああ、日本人だなあ」

と実感することはない。シャワーの国の人たちには、この気持ちよさはわかるまい、と。

温泉にいたっては、いよいよその感を強くする。私たちは、風呂好きを自認する国民といえるだろう。

が、広く世界を見渡せば、温泉の風習は、何も日本だけのものではないようだ。ヨーロッパの温泉の文化と歴史をまとめたのが、『世界温泉文化史』(ウラディミール・クリチェク著、種村季弘他訳・国文社)。ロシア、アジア、イスラム圏、アフリカ、アメリカの温泉事情にもふれている。

古代ギリシャの時代からすでに、温泉のまわりに治療区が生まれ、巡礼の地、あるいは保養地として、人々を集めていたようだ。入浴が第一次全盛期を迎えたのは、ローマ時代。そういえば、カラカラ浴場なんていうのができたのも、この頃。

再び盛んになったのは、中世である。都市のブルジョアジーの成長とあいまって、公衆浴場が次々と誕生する。それは、共同体のコミュニケーションセンター的役割も果たしていた。

十五世紀には長くつかるほどよいとされ、温泉では客は、湯の中で飲み食いし、ときにはそのまま眠ったりもした。溺死した例も少なくないという。

十七世紀後半からは、代わって飲用療法が流行する。尿の色が湯の色と同じになるまで飲むのがよいとされ、人々は歩数計ならぬ杯数計をぶら下げて、庭を散歩した。

「飲む風呂」では、裸のつき合いならぬ、服を着たままのつき合いのため、温泉はリゾート化、上流階級の社交界化する。音楽をはじめ、造園、劇場建築など、さまざまな芸術が花開いたことはいうまでもない。

そうした流れが、さまざまな文献から引いたエピソードによって、語られていく。

こうしてみると、洋の東西を問わず、人々が温泉を、たんなる治療の場としてだけでなく、いかに付加価値をつけて楽しんできたかがわかる。その時代その時代の、健康神話のようなものが広まるのも、今と同じ。

驚くべきは、ヨーロッパにおける温泉研究の、歴史の長さ。何百年分もの文献と治療の経験に支えられ、十九世紀後半には、「温泉学」が大学の医学部の専門教科にもなったとか。医学者である著者が、文化史を編んだことそのものが、ヨーロッパにおける温泉の自然科学的研究と人文科学的研究と、ふたつの伝統の合わさるところといえるだろう。

訳者は「あとがき」で、日本には、諸外国とわが国の温泉事情の比較文化史の研究には「いまのところこれといったものがない」と嘆く。

想像するに、日本では、

「風呂が好きなのは、日本人だからなのさ」

で通ってしまうからでは。温泉大国ならではの、逆説というべきか。

「本書は、わが国のこうした温泉文化研究水準の現状からして、刺激的な一書となるだろう」と、訳者。そうありたい。

【この書評が収録されている書籍】
本棚からボタ餅  / 岸本 葉子
本棚からボタ餅
  • 著者:岸本 葉子
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(253ページ)
  • 発売日:2004-01-01
  • ISBN-10:4122043220
  • ISBN-13:978-4122043220
内容紹介:
本の作者が意図していない所に「へーえ」、テーマにピンとこなくたって「なるほど」と感じたことはありませんか?思いつきで読んでみても得るモノはあるはず。恋に悩む時、仕事に行き詰まった時…偶々、解決のヒントを発見できたら大きなご褒美です。寝転ろんで頁をめくりながら「おまけがついてこないかな」と自然体?で構えてみませんか。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

世界温泉文化史 / ウラディミール クリチェク
世界温泉文化史
  • 著者:ウラディミール クリチェク
  • 翻訳:種村 季弘,高木 万里子
  • 出版社:国文社
  • 装丁:単行本(444ページ)
  • ISBN-10:4772003711
  • ISBN-13:978-4772003711
内容紹介:
ヨーロッパにおいても日本同様、温泉治療は古くから行なわれていた。その起源は古代エジプト・ギリシャ・ローマ時代にさかのぼり、さらに中世になってからも多くの新しい湯治場が開かれた。イ… もっと読む
ヨーロッパにおいても日本同様、温泉治療は古くから行なわれていた。その起源は古代エジプト・ギリシャ・ローマ時代にさかのぼり、さらに中世になってからも多くの新しい湯治場が開かれた。イギリスのバース、大陸のバーデン=バーデンやカールスバート、マリエンバートなどは、現代に至るまで繁栄を続けている。本書は多数の図版と共に、ヨーロッパはもとよりロシア、アメリカ、アジアなど世界の湯治の歴史と文化を概観する。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1994年10月7日号

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