書評

『谷川健一全歌集』(春風社)

  • 2018/08/11
谷川健一全歌集 / 谷川 健一
谷川健一全歌集
  • 著者:谷川 健一
  • 出版社:春風社
  • 装丁:単行本(333ページ)
  • ISBN-10:4861101042
  • ISBN-13:978-4861101045
内容紹介:
既刊歌集『海の夫人』『青水沫』『海境』の全作品に加え、未発表作を多数収録。独自の歌風によって詠い上げられる"見えざるもの"への憧憬と祈り。歌人=民俗学者の歌業を集成。
「明るい冥府がほしいばかりに珊瑚礁の砂に踝(くるぶし)を埋めているのだ」

『孤島文化論』に収められたこの一節に、いきなり脳天を直撃されるような力を受けたのは、大学2年生のときだった。1973年のことである。沖縄はそのしばらく前に日本に「返還」され、たちまち日本の観光資本が海洋博を口実に沖縄に資本投下をしている時期であったが、わたしはまだ現実の沖縄を訪れたことがなく、またこの論文集の著者が歌人であることも知らなかった。だがこの「明るい冥府」という表現はわたしに大きな衝撃を与えた。海といえば、夏ごとに帰る出雲の暗い鉛色の波しか思い浮かべることのなかったわたしにとって、それは深くも魔術的な言葉であるように思われた。

それから30年以上の歳月が経過し、わたしはその間にはっきりと自分の南偏愛の傾向を自覚するようになった。台湾、インドネシア、タイ、パラオ、モロッコ……ヨーロッパなら絶対にイタリア、それもできればナポリ以南。中国もひたすら江南。どうしてそう南にばかり足を向けるのですかと人から尋ねられるたびに、わたしは心のなかで谷川健一のこの言葉を繰り返してきたのである。「明るい冥府、明るい冥府……」そしてあるとき、友人である映画作家、高嶺剛の故郷である石垣島川平を訪れ、夕暮れ時の静かな湾の残照に映える水面に、何十本ものガジュマルの樹が顔を覗かせているのを初めて見たとき、わたしは直感したのだった、そうか、ここを越えていけば、ひょっとしたら本当に「明るい冥府」があるのかもしれないと。

最近になって刊行された『谷川健一全歌集』を読んでいて、わたしは次のような短歌に気を取られた。

 潮引きしあとの花礁(はなぜ)の夕あかり神の作りし島にて死なむ
 環礁に夕陽落ちたりかがやくは黄の子安貝はなびらたから

この2首はまさにわたしを恍惚とさせた。というのも長い間わたしを呪文のように魅惑してきた「明るい冥府」が、まさにここに詩的緊張をともなって実現されていたからである。

わたしは迂闊にも「花礁」という言葉があることをしらなかった。美しい表現である。引き潮の後の潮溜りに小さな魚や蟹が泳いでいたり、色鮮やかな海草が微かに揺れていて、消えゆこうとする陽光に照らされている。潮の干満のおかげでゴロゴロと音がする。ちなみに吉増剛造もまた奄美から与論島までを島伝いに渡りながら、この音に魅せられて『ごろごろ』という長編詩を執筆した。もう1世紀もすれば、地球温暖化と自然破壊が進み、地上の珊瑚礁のほとんどが破壊されてしまうかもしれない。そうした話を聞いた直後だけに、この2首の壮絶な美しさは、わたしには格別のように感じられた。

谷川健一は別のところで切支丹文書のひとつである『天地始之事』に触れ、マリアがルソンに住んでいて、悪魔の誘惑を拒んだとき、神が南国に奇蹟の雪を降らしたという記述に注目している。彼は家畜小屋の牛や馬がマリアと幼子に温かい息を吹きかけて助けたというくだりの素晴らしさを、賛美してやまない。生涯を通して南という方角に魅惑され、しかもカトリックの信仰を深く体験したこの思索家にとって、それは論理的にも生理的にも納得のいくことである。明るい冥府とは明るい楽土でもあるからだ。もっとも新しい氏の歌のひとつを、ここに引くことにしよう。

 何といふ死のまぶしさよ道の辺の馬酔木の花は陽にけぶりゐて
谷川健一全歌集 / 谷川 健一
谷川健一全歌集
  • 著者:谷川 健一
  • 出版社:春風社
  • 装丁:単行本(333ページ)
  • ISBN-10:4861101042
  • ISBN-13:978-4861101045
内容紹介:
既刊歌集『海の夫人』『青水沫』『海境』の全作品に加え、未発表作を多数収録。独自の歌風によって詠い上げられる"見えざるもの"への憧憬と祈り。歌人=民俗学者の歌業を集成。

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