書評

『文学とアダプテーション――ヨーロッパの文化的変容』(春風社)

  • 2018/06/24
文学とアダプテーション――ヨーロッパの文化的変容 /
文学とアダプテーション――ヨーロッパの文化的変容
  • 編集:小川公代,村田真一,吉村和明
  • 出版社:春風社
  • 装丁:単行本(370ページ)
  • 発売日:2017-10-16
  • ISBN-10:4861105595
  • ISBN-13:978-4861105593
内容紹介:
小説から映画へ、演劇へ、漫画へ。再創造としての翻案=アダプテーションは何をもたらすのか。英仏独伊東欧における諸相を探る。

“貞淑”と“裏切り”表裏一体で息吹く

先ごろ、林真理子による『風と共に去りぬ』のリメーク版『私はスカーレット』の連載が開始され、橋本治による『おいぼれハムレット』を第一巻とする『落語世界文学全集』の刊行が始まった。一方、池澤夏樹編『日本文学全集』でも古典名作の現代語訳が着々と進んでいる。こうして現代を代表する語り部たちが古典の大がかりなアダプテーション(翻案、改作、映像・舞台化など)に取り組んでいるのは、日本で世紀の境目から続いてきた古典新訳ブームが、次段階に入ったことを示すのではないか。

近年、「翻訳」は原作の下位ではなく同等以上の創造性をもち得ると言われるようになった。次は、“忠実な”翻訳より下に見られがちなアダプテーションを正当に論じる学問領域が必要だ。この分野のヨーロッパに特化した十三人の論稿をまとめて読める有難い本が『文学とアダプテーション』である。編者の小川公代は「序文」で、繰り返し論じられる原作への忠実性と再創造という問題を提起する。オリジナリティーとは何? ここで著作権に関してある作家の弁とリンダ・ハッチオンの見解が引かれる。誰が主たる登場人物を「創造したか」ではなく、誰がその人物を「生き生きと描き出したか」を基準に、オリジナリティーを考えるべきだ、と。

各論の根底には、読むことはそれ自体が能動的な創造だという前提があり、第1部「文学から映画へ」の第1章からアダプテーションの本質にいきなり深く切りこむ。野崎歓によるブレッソン監督「田舎司祭の日記」(ベルナノス原作)の具(つぶさ)な分析だ。小説とは異なる「映画ならではの表現性」を追求したと言うが、すると直ちにジレンマと逆転が生じる。ベルナノスが文字芸術でありながら可視化に向かうのに対し、ブレッソンは映像を扱いながら「可視化に抵抗」する姿勢を見せるからだ。これをアンドレ・バザンは「小説のほうがイメージに満ちており、映画のほうが『文学的』なのである」と評したという。ならば、この映画は原作に対して“不実”なのだろうか? 執筆者は終盤にこう記す。「映画監督は『逐語訳』とはまったく異質な手段を講じるほかはない。それは原作が姿を消し、それと引きかえに翻訳ないしアダプテーションがそのまま創造行為となる瞬間である」

「戯曲・ミュージカル・漫画・オペラ」の部もある。第6章では、渡辺諒がユゴー作の小説『レ・ミゼラブル』が仏国でミュージカル化され、さらに英国ではそれに八五パーセントもの変更がなされ(「彼を帰して」などの名曲が加わり)空前のヒット作となる過程を詳述する。相反しながら分身のようでもあるヴァルジャンとジャベールの関係を掘りさげ、直線的な「垂直」装置と円環的な「廻(まわ)り舞台」の併用にキリスト教的な世界観からの逸脱および相対化を見てとる。原作は読まれた時点ですでに各読者に“アダプト”しているのだと気づく。第7章では、笠間直穗子がエマニュエル・ギベールのバンド・デシネを論じる。無名人の記憶のアダプテーションであり、「本人とは別の人物の手になる『自伝』のようなもの」をつくる、と。「オリジナル」はテキストの個別性を失い普遍化する。

擬態翻訳でも知られる詩人レクスロスの言葉がよぎる。「理想的な訳者とは、自身のことばと原文のことばをぴったり合わせようなどとしないものだ。(中略)むしろ全面的な弁護をひきうけるのだ」(アプター著『翻訳地帯』)。原作への“貞淑”と“裏切り”が表裏一体となるとき、アダプテーションは息吹(いぶ)くのではないか。
文学とアダプテーション――ヨーロッパの文化的変容 /
文学とアダプテーション――ヨーロッパの文化的変容
  • 編集:小川公代,村田真一,吉村和明
  • 出版社:春風社
  • 装丁:単行本(370ページ)
  • 発売日:2017-10-16
  • ISBN-10:4861105595
  • ISBN-13:978-4861105593
内容紹介:
小説から映画へ、演劇へ、漫画へ。再創造としての翻案=アダプテーションは何をもたらすのか。英仏独伊東欧における諸相を探る。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年6月17日

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