コラム

斎藤環「2017この3冊」毎日新聞|『中動態の世界』國分功一郎『ゲンロン0 観光客の哲学』東浩紀『ニューロラカン』久保田泰考

  • 2017/12/31

2017 この3冊

〈1〉『中動態の世界』國分功一郎著(医学書院・2160円)

〈2〉『ゲンロン0 観光客の哲学』東浩紀著(ゲンロン・2484円)

〈3〉『ニューロラカン』久保田泰考著(誠信書房・3240円)


〈1〉「能動/受動」の起源にあるとされる、失われた「中動態」。哲学者による言語学的な検討は、思いがけず治療論にも通じていた。オープンダイアローグをはじめ、治療的な対話空間はしばしば中動態的なのである。ここには確実に、「治療をめぐる哲学」の新しい萌芽(ほうが)がある。

〈2〉東浩紀による久々の思想書。東は共感や哀れみと言った「誤配」に基づく「観光客=郵便的マルチチュード」の連帯を提唱する。全面的に賛同はしがたいが、この思考のスピード感は素晴らしい。第二部のドストエフスキー論も秀逸。

〈3〉脳科学者によるラカン入門。にもかかわらず著者は「脳科学」と「精神分析」の安易な折衷を峻拒(しゅんきょ)しつつ、むしろ両者の非並行的な関係を強調する。このとき「ラカン」は、科学者の万能感を諌める倫理的審級となる。

中動態の世界 意志と責任の考古学  / 國分功一郎
中動態の世界 意志と責任の考古学
  • 著者:國分功一郎
  • 出版社:医学書院
  • 装丁:単行本(330ページ)
  • 発売日:2017-03-27
  • ISBN-10:4260031570
  • ISBN-13:978-4260031578
内容紹介:
自傷患者は言った「切ったのか、切らされたのかわからない。気づいたら切れていた」。依存症当事者はため息をついた「世間の人とは喋っている言葉が違うのよね」――当事者の切実な思いはなぜう… もっと読む
自傷患者は言った「切ったのか、切らされたのかわからない。気づいたら切れていた」。依存症当事者はため息をついた「世間の人とは喋っている言葉が違うのよね」
――当事者の切実な思いはなぜうまく語れないのか? 語る言葉がないのか? それ以前に、私たちの思考を条件付けている「文法」の問題なのか?
若き哲学者による《する》と《される》の外側の世界への旅はこうして始まった。ケア論に新たな地平を切り開く画期的論考。

【本書「あとがき」より】 中動態の存在を知ったのは、たしか大学生の頃であったと思う。本文にも少し書いたけれども、能動態と受動態しか知らなかった私にとって、中動態の存在は衝撃であった。衝撃と同時に、「これは自分が考えたいことととても深いところでつながっている」という感覚を得たことも記憶している。 だが、それは当時の自分にはとうてい手に負えないテーマであった。単なる一文法事項をいったいどのように論ずればよいというのか。その後、大学院に進んでスピノザ哲学を専門的に勉強するようになってからも事態は変わらなかった。 ただ、論文を書きながらスピノザのことを想っていると、いつも中動態について自分の抱いていたイメージが彼の哲学と重なってくるのだった。中動態についてもう少し確かなことが分かればスピノザ哲学はもっと明快になるのに……そういうもどかしさがずっとあった。 スピノザだけではなかった。数多くの哲学、数多くの問題が、何度も私に中動態との縁故のことを告げてきた。その縁故が隠されているために、何かが見えなくなっている。しかし中動態そのものの消息を明らかにできなければ、見えなくなっているのが何なのかも分からない。 私は誰も気にかけなくなった過去の事件にこだわる刑事のような気持ちで中動態のことを想い続けていた。 (中略) 熊谷さん、上岡さん、ダルクのメンバーの方々のお話をうかがっていると、今度は自分のなかで次なる課題が心にせり出してくるのを感じた。自分がずっとこだわり続けてきたにもかかわらず手をつけられずにいたあの事件、中動態があるときに失踪したあの事件の調査に、自分は今こそ乗り出さねばならないという気持ちが高まってきたのである。 その理由は自分でもうまく説明できないのだが、おそらく私はそこで依存症の話を詳しくうかがいながら、抽象的な哲学の言葉では知っていた「近代的主体」の諸問題がまさしく生きられている様を目撃したような気がしたのだと思う。「責任」や「意志」を持ち出しても、いや、それらを持ち出すからこそどうにもできなくなっている悩みや苦しさがそこにはあった。 次第に私は義の心を抱きはじめていた。関心を持っているからではない。おもしろそうだからではない。私は中動態を論じなければならない。──そのような気持ちが私を捉えた。 (以下略)

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ゲンロン0 観光客の哲学 / 東 浩紀
ゲンロン0 観光客の哲学
  • 著者:東 浩紀
  • 出版社:株式会社ゲンロン
  • 装丁:単行本(326ページ)
  • 発売日:2017-04-08
  • ISBN-10:490718820X
  • ISBN-13:978-4907188207
内容紹介:
否定神学的マルチチュードから郵便的マルチチュードへ――。ナショナリズムが猛威を振るい、グローバリズムが世界を覆う時代、新しい政治思想の足がかりはどこにあるのか。ルソー、ローティ、ネグリ、ドストエフスキー、ネットワーク理論を自在に横断し、ヘーゲルのパラダイムを乗り越える。著者20年の集大成、東思想の新展開を告げる渾身の書き下ろし新著。

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ニューロラカン: 脳とフロイト的無意識のリアル / 久保田 泰考
ニューロラカン: 脳とフロイト的無意識のリアル
  • 著者:久保田 泰考
  • 出版社:誠信書房
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2017-09-05
  • ISBN-10:4414416302
  • ISBN-13:978-4414416305
内容紹介:
ラカン対脳?!―これまでラカニアンにとって脳を語ることは暗黙のタブーだった。しかし真にフロイトへの回帰を志向するなら、その神経学的基盤にも回帰せざるを得ず、要するにフロイトは元来ニュ… もっと読む
ラカン対脳?!―これまでラカニアンにとって脳を語ることは暗黙のタブーだった。しかし真にフロイトへの回帰を志向するなら、その神経学的基盤にも回帰せざるを得ず、要するにフロイトは元来ニューロフロイトなのだ。では、ニューロラカンを語る根拠はどこに見出されるのか。人はそこで『エクリ』におけるピンポイント攻撃というべき脳への正確な言及を思い起こすだろう。精神分析と神経科学の交錯から明らかになるフロイト的無意識のリアルとは?

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2017年12月10日

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