作家論/作家紹介

【ノワール作家ガイド】エルモア・レナード『野獣の街』『ラブラバ』『キルショット』

  • 2018/02/19
エルモア・レナードは、一九二五年ルイジアナ州ニューオーリンズに生を受けた。高校卒業後海軍に入隊して第二次世界大戦に従軍、戦後デトロイト大学で文学と哲学を専攻し、やがて広告代理店でコピーライターとして働き始める。

五〇年代頃よりパルプ雑誌にウェスタン小説を書き始める。しかしウェスタンは(西部劇映画ともども)六〇年代に下降線を辿り始め、レナードは現代の犯罪小説に転向することになるのである。西部小説から犯罪小説への転向は、アメリ力のミステリーを研究する上で非常に重要なファクターであるが(例えば、フランク・グルーバーのような先例がある)、レナード作品を読む上では、常にその点を念頭に置いておく必要がある。

レナードといえば、現在のアメリカにおいてもっとも成功した犯罪小説作家であり、特に人物造形の豊かさと語りの魅力を多くの読者に愛されている。だが、ノワールとして見た場合は、やはりそのしたたかな世界観、入り組んだ倫理観に注月すべきだろう。初期の作品『ミスター・マジェスティック』や『五万二千ドルの罠』(ともに七四)は、後の作品に比べやや性急で生硬な感触が否めない小説である。これは作中では善と悪とがかなり明確に分かれ、自警団的に身を守ろうとする主人公が理不尽な悪に立ち向かう物語が描かれているためだ。

レナードの出世作は八三年の『スティック』と『ラブラバ』(MWA長篇賞受賞)だが、その頃にはかなり善悪の境目が暖昧になりつつあり、魅力的な悪党が描かれるようになっている。例えば『キャットチェイサー』(八二)は巨悪から小物たちまで、悪党の品評会といった趣きのある小説である。こういった人物群像と、彼らの個性的な語りこそが「レナード・タッチ」である。主な舞台となるのは、鉄冷えの街デトロイトや、現代の犯罪天国マイアミであるが、そこを舞台に麻薬密売人、賭け屋、債権取り立て屋、殺し屋といった悪党どもが暗躍するのである。おそらく八〇年代以降にデビューした犯罪小説作家の中で、レナード・タッチの洗礼を受けていない者はいないだろう。当然その中には『ジャッキー・ブラウン』の監督であるクェンティン・タランティーノも含まれる。

レナードはまた、一連の小説でヒスパニックの悪党を登場させ、ヒスパニックに侵攻されているアメリカのアンダーグラウンド状況を正確に反映させているが、これも功績のーつだといえる。レナードはハ〇年代以降恒常的に調査員を雇用し、アメリカ社会のサブディレクトリ以下で起きていることに目を配っているのである。

ところで、八〇年代前半までのレナード小説には、ウェスタン小説の人物類型がかなり明確に残っている。あのチャールズ・ブロンソンやバート・レイノルズ主演で作品が映画化されたというのも、その辺の雰囲気から判断されたものだろう。だが、それ以降の小説ではより等身大に近い悪党像が描かれるようになっていくのである。例えば『キルショット』(八九)に登場する犯罪者は以前の作品に比べれば小物ではあるが、それに対抗するのが犯罪とは縁もゆかりもない老夫婦、となれば話も違ってくる。『キルショット』は、ごく真っ当な生活を送っている市民を凶悪な犯罪の場面に巻き込んでいくことにより、暴力の脅威を際立たせていく小説なのである。ここでレナードの小説世界は大きく広がっているのだ(この二年前には、諷刺小説の『タッチ』を上梓している)。

おもしろいのは、そんな小説でありながら、やはり最後は銃撃戦で決着をつけさせるところだろう。レナードの銃撃戦で名場面というと、『野獣の街』におけるレイモンド・クルース刑事と悪党クレメント・マンセルの対決だが(最後の最後に、実はとてもアンフェアな撃ち合いであることがわかる)、この幕切れは『キルショット』にもよく似ている。思いがけない反撃をくらった悪党が無残に息を引き取っていくかたわらで、その銃の引き金を引いた当の本人はケロリと日常に戻ってしまう。暴力という非日常と日常の切り替えが実にあっさりと行われるのがレナード小説の特徴でもある。

もちろんウェスタン小説正統の流れを汲むレナードは、こういった場合の作法にも忠実である。すなわち、悪玉が先に抜き、善玉は後から抜いて先に引き金を引くのだ。この早撃ち劇で印象に残るのは、『ラブラバ』における元シークレット・サーヴィスのジョー・ラブラバとキューバ難民クンドー・レイの撃ち合いだろう。

ノワールとして読んだとき、ジェイムズ・エルロイらに比べて物足りなく思うのは、この辺に大きな番狂わせがない点だろうか。レナードの小説では善と悪との区別はあまり明確ではないが(主人公を善玉と呼ぶには疑問の残る『スティック』のような小説もある)、"いい奴"と"悪い奴"の区分はかなり明確になっているからである(ウェスタン小説出身の作家の宿命だろう)。むしろレナードを読むときには、先に述べたような暴力の界面に立たされた人間のとっさの判断や、法規を超えたところに成立するロジックの綾を読みとるべきである。

おそらく、ノワールを生真面目に書くには、「健全な」ユーモア感覚を持ちすぎているのだろう。レナードの小説でもっとも際立っているのは、なにげない笑いのセンスである。いちばん印象的なのは、やはり『ラブラバ』におけるラブラバとクンドーの会話である。ラブラバは、クンドーと取り引きをしながら、何気なくロバート・ミッチャムの台詞を引用する。それに対するクンドーの反応はこうだ。

「誰だい、ロバート・ミッチャムって?」

この後すぐクンドーはあっけない最後を遂げる羽目になる。ロバート・ミッチャムも知らないような奴は(ノワール的には)男の風上にもおけないということか。こういうセンスが読者に愛されるゆえんなのである。

【必読】『野獣の街』(東京創元社)、『ラブラバ』(早川書房)、『キルショット』(小学館)
野獣の街 / エルモア・レナード
野獣の街
  • 著者:エルモア・レナード
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(381ページ)
  • ISBN-10:4488241018
  • ISBN-13:978-4488241018

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ラブラバ〔新訳版〕  / エルモア レナード
ラブラバ〔新訳版〕
  • 著者:エルモア レナード
  • 翻訳:田口 俊樹
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(367ページ)
  • 発売日:2017-12-06
  • ISBN-10:4150019266
  • ISBN-13:978-4150019266
内容紹介:
元シークレット・サーヴィスの捜査官で今は写真家のジョー・ラブラバは、かつての銀幕のスター、ジーン・ショーと知り合った。少年の頃の彼が夢中になった女優だ。だが、ジーンの周囲にはたちの悪い男たちが……。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作

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キルショット  / エルモア レナード
キルショット
  • 著者:エルモア レナード
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(507ページ)
  • 発売日:2008-09-05
  • ISBN-10:4094054766
  • ISBN-13:978-4094054767

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ユリイカ

ユリイカ 2000年12月

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