作家論/作家紹介

【ノワール作家ガイド】リチャード・スターク『悪党パーカー/人狩り』『悪党パーカー/襲撃』『悪党パーカー/怒りの追跡』『悪党パ―カー/殺戮の月』(早川書房)

  • 2018/06/09
一九三三年、ニューヨーク州生まれ。出版エージェントなどを経て、ドナルド・E・ウェストレイク名義のハードボイルド、『やとわれた男』でデビュー。裏切りにあって刑務所に送られた犯罪者パーカーの復讐行を描く『悪党パーカー/人狩り』が、スターク名義の第一長篇で、以降パーカー・シリーズは順調に書き継がれ、第一六作『悪党パーカー/殺戮の月』でいったん中断するものの、二〇年ぶりに、一九九八年、『悪党パーカー/エンジェル』で復活、以降ほぼ一年に一作のペースで書かれている。

ノワールはヒロイズムを否定する小説であるから、ノワールのシリーズ・キャラクターは生まれにくい。だが、この分野で唯一といっていい「ヒーロー」が、リチャード・スタークの生んだ「悪党パーカー」である。

ノワール世界の「ヒーロー」――そう書くと、アンドリュー・ヴァクス描くところの探偵バーク的なキャラクターを想像するかも知れないが、そうではない。パーカーは「正義」や「真実」といった形而上的な信条を何ひとつもたない。パーカーにあるのはプラクティカルでプラグマティックでビジネスライクな「規則」のみ。パーカーは徹底して冷徹に強奪を遂行する強固な意志をもつプロの悪党なのだ。シリーズ一八作において、彼は冷徹に犯罪を遂行しつづけている。第一作『人狩り』から第四作『弔いの像』までは、パーカーの復讐譚と、その後始末たる〈犯罪組織〉との戦いを描いているため、その「犯罪」が個人的感情に基づいてはいるものの、第五作『襲撃』以降は、「標的」にいかにアプローチし、脱出し、困難を克服するか、というゲーム的なダイナミズムが主眼になってゆく。

このゲーム性をさらに高めているのが、評論家・杉江松恋が指摘した、「第三部のマジック」である。この連作は、ほとんどが四部から成っており、うちの「第三部」は、パーカー以外の人間の視点で描かれている。つまりこれによって、パーカーと「盤」を挟んで対決する「敵」の「指し筋」が読者に明らかにされ、計画の穴、パーカーが陥るであろう窮地が読者に提示されるというわけである。

こうしたゲーム性がシリーズの大きな魅力となっているのだが、この物語の構造――主人公が困難な目標を困難を乗り越えつつ達成するカタルシスを主眼とするという――をとると、これは「冒険小説」のそれときわめて近似であることに気づく。つまりパーカー・シリーズは、現代の社会のなかで展開される冒険小説だということになる。

いわゆる「冒険小説」は、大自然や戦争のさなかといった、社会制度の網の目の外部や、その適用が除外される地点において展開される。そこにおいて、たとえば「殺人」などの犯罪行為は、緊急避難として、あるいは戦闘行為として容認される。だが社会システムのただ中にあっては、殺人は当然のこと、「活劇」ですら傷害罪や暴行罪を適用されかねない。冒険はすなわち、犯罪行為なのである。

パーカー・シリーズは、まずパーカーという男の「復讐行」として幕を開けた、と先ほど書いた。「復讐」という古風な物語形式によって連作を開始し、犯罪者たる「冒険者」パーカーに感情移入の手がかりをつくっておいてから「復讐」をパーカーに精算させ、スタークは物語の軸を「純粋犯罪/純粋冒険」とでもいうべきものに移したのではなかろうか。イギリス冒険小説において、「退屈した貴族」などの冒険者が、さしたる理由もなく冒険を繰り返すのと同じように、パーカーは、ただ「自身がプロの強盗である」ということのみを理由に、「冒険/犯罪」に向かっていったのではないか。純粋強奪小説の第一作となる『襲撃』が、小さな町を丸ごと強奪してしまうという派手な趣向をそなえているのも、個人の復讐心に基づく古風な物語形式に別れを告げる決意を高らかに表明したものとみるのはうがちすぎだろうか?

社会の網の目を平気で踏み破れる「冒険者」として生み出されたパーカーだが、そもそも読者には、なぜ彼がこういう人問になったのかという説明はほとんどなされない。第一作『人狩り』で、パーカーにはたしかに「復讐」という強いモチヴェーションを与えられてはいるが、彼は登場した瞬間から復讐心と強固な目的遂行の意志をもった男であって、それ以前の姿はまったく描かれない。評論家・小鷹信光が指摘するように、『人狩り』で、パーカーは刑務所から、橋を渡ってマンハッタンに帰ってくる。まるでこれは、能において「橋がかり」を経てこの世にやってくる異界の者だ(わが国の傑作時代ノワール、笹沢左保の「木枯し紋次郎」シリーズの第一作「赦免花は散った」でも、紋次郎は流人島を脱走し、海を渡って国に帰ってくる。この相似はきわめて興味深い)。パーカーは、あらかじめ市民的常識/倫理を欠いた異人として登場するわけである。どんなコミュニティにも属さない「異人」――それがパーカーという男なのだ。

パーカーは、この世への絶望や憎悪を抱いているわけではない。だから、現代ノワールとは色彩を異にする。だがパーカーは、裏社会の義理人情といったものとも無縁だ。だから、古典的ノワールともちがう。「反社会的行動」と「反社会的存在」を描きつつ、いかなる軟質の感情をも排除し、それを綴るスタークの散文がそうであるように、きわめて純化され硬質に結晶した純粋ノワールとでもいうべき作品群なのだ。それがゆえに、初登場から四〇年近くを経てもなお、鮮烈さを保ちつづけているのである。

【必読】『悪党パーカー/人狩り』(早川書房)、『悪党パーカー/襲撃』(早川書房)、『悪党パーカー/怒りの追跡』(早川書房)、『悪党パ―カー/殺戮の月』(早川書房)

悪党パーカー/人狩り / リチャード・スターク
悪党パーカー/人狩り
  • 著者:リチャード・スターク
  • 翻訳:小鷹 信光
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(263ページ)
  • 発売日:1976-04-00
  • ISBN-10:4150713014
  • ISBN-13:978-4150713010

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襲撃―悪党パーカー / リチャード・スターク
襲撃―悪党パーカー
  • 著者:リチャード・スターク
  • 翻訳:小鷹 信光
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(248ページ)
  • 発売日:1976-00-00
  • ISBN-10:4150713049
  • ISBN-13:978-4150713041

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悪党パーカー 怒りの追跡 / リチャード・スターク
悪党パーカー 怒りの追跡
  • 著者:リチャード・スターク
  • 翻訳:池上 冬樹
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:新書(174ページ)
  • 発売日:1986-11-00
  • ISBN-10:4150014809
  • ISBN-13:978-4150014803
内容紹介:
銀行強盗の仲間は3人。旧知のアンドリュースとウェイス、そしてウェイスが連れて来た新顔のアールだ。緻密な計画は遅滞なく実行に移され、警察の追跡を振り切った彼らは、獲物の山分けのため、… もっと読む
銀行強盗の仲間は3人。旧知のアンドリュースとウェイス、そしてウェイスが連れて来た新顔のアールだ。緻密な計画は遅滞なく実行に移され、警察の追跡を振り切った彼らは、獲物の山分けのため、荒れ果てた農家に赴いた。アールが金の独り占めを図り、パーカーたちを殺そうとしたのはその時だった!危地を脱したパーカーは夜を日に継いでの追跡を開始した。アールの行先を知る第1の手掛りは、その仕事仲間ローゼンスタインだ。が、罠はそこにも待ったいた。〓@68D2を突かれて自白剤を注射され、何が狙いなのかすべて知られてしまったのだ。いまやアールと金を追うのはパーカーだけではなくなった。しかも、横取りを企むローゼンスタインは、一歩も二歩も先んじている。怒りの炎を胸に、パーカーは次の手掛りを追い始めたが…。

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殺戮の月―悪党パーカー / リチャード・スターク
殺戮の月―悪党パーカー
  • 著者:リチャード・スターク
  • 翻訳:宮脇 孝雄
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:1985-11-00
  • ISBN-10:4150013276
  • ISBN-13:978-4150013271

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ユリイカ

ユリイカ 2000年12月

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