読書日記

木村敏『関係としての自己』(みすず書房)/『異常の構造』(講談社)/『時間と自己』(中央公論新社)、呉連鎬『オーマイニュースの挑戦』(太田出版)ほか

  • 2018/06/23
出た。木村敏『関係としての自己』(みすず書房/二六〇〇円)。新しい木村敏の本を読めることが、今月はとにかく嬉しくて、Nintendogsと一緒に常に持ち歩いていた。らっこ(デジタルな犬)よりも、よほど愛して、読み耽った(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2005年。木村敏『関係としての自己』は新装版が2018年7月に発売)。

木村敏は、精神病理学の第一人者であり、「私とは何か」について、深い思索をつづったテキストを発表している。初めて読んだのは、高校生のときだったと思う。

世界が一変した。「わっ」と思った。脳の中の回路がカチカチと音をたてて変わっていくような興奮にのみこまれ、もう一度読んだ。

そんなぼくにとって、この新刊は至福の一冊だ。一節読んでは、またもどって読み返し、以前の本を引っ張り出して関連箇所を読みなおし、目を閉じテキストが意味することを考え、想像を巡らせる。

「あっという間に読めてしまった」という楽しみもあるが、それとは違った楽しみ。これも読書ならではの醍醐味。

とはいっても、ぼくは木村敏作品のよい読者とはいえない。引用されるハイデガー作品も、ヴァイツゼッカー作品も、ブランケンブルク作品も、未だ読んでいない。どちらかというと深い思索には向かないタイプの人間だ。それなのに木村敏の本を読んでいる間だけは、哲学者や現象学者が、なぜあんなにあれこれいつまでも考え続けられるのか理解できるような気がする。おもしろいのだ。

あぁ、じれったい。おもしろいという言葉が細分化されていない日本語を恨む、もしくはぼくの無知を。これは、ぼくが普段使う「おもしろい」とは違う。違うおもしろさだ。雪の多い地方に行くと、雪の状態によってさまざまな名称があるように「おもしろい」にも、もっといろいろな名称があればいいのに。今、勝手に作るけど「ふかおもしろい」のだ。

たとえば、たびたび引用されるキルケゴールの「自己とは関係が関係それ自身と関係するという関係である」という言葉。暗号か早口言葉にしか思えないこの言葉が、木村敏のテキストを読んでいくと、魔法の絨毯に封印されていた世界が恐ろしい勢いで実体化していくような興奮とともに理解できたような気になる。新たな光が言葉に当てられて! わぁぁっ!(輝く奇跡がまぶしくて手をあげ顔を守りながらたじろぐ)そんな気持ち。

と、自分だけ興奮したり、形容詞がいっぱいだったり、印象や喩えだらけだったり、そんな具体性の低い文章は書くまいと心に決めていたのに、「はいはい、読んで興奮してるのね、どうどう」と読者にたしなめられそうなテキストで、原稿の半分近くまで到達してしまった。

許してくれ(これでも、推敲してそうとう削ったんだ)。本当にまだ興奮しているのだから。こうやって紹介テキストを書いているうちにまた興奮してきているのだから。どうどう。

本書がわかりにくかったら、『異常の構造』(講談社現代新書)『時間と自己』(中公新書)を読んでから、読むこと。身悶えするほどオススメ。

関係としての自己 【新装版】 / 木村 敏
関係としての自己 【新装版】
  • 著者:木村 敏
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2018-07-10
  • ISBN:4622087308

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異常の構造 / 木村 敏
異常の構造
  • 著者:木村 敏
  • 出版社:講談社
  • 装丁:新書(182ページ)
  • 発売日:1973-09-20
  • ISBN:4061157310

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時間と自己 ) / 木村 敏
時間と自己 )
  • 著者:木村 敏
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(193ページ)
  • 発売日:1982-11-22
  • ISBN:4121006747

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呉連鎬『オーマイニュースの挑戦 韓国「インターネット新聞事始め」』(大畑龍次+大畑正姫訳 太田出版/一八〇〇円)は、「市民参加型インターネット新聞」の成功例として知られるサイト創設者が自ら記した本。新しいメディアを作るこの戦いは、古いメディアの構造を解体/再構築することに通じる。表現者、メディア・出版関係者にとって、考えるためのヒントがうなるほど潜んでいる。

『オーマイニュース』の挑戦 / 呉 連鎬
『オーマイニュース』の挑戦
  • 著者:呉 連鎬
  • 出版社:太田出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(262ページ)
  • 発売日:2005-03-19
  • ISBN:4872339304
内容紹介:
2002年12月韓国大統領選における、盧武鉉候補の劇的な逆転勝利。そこには、以前には見られなかった動きが存在した。形勢不利だった進歩的な候補を支持する若者達の声が、インターネットを通じ、全国をかけめぐったのである。この時最も大きな影響力を持ったのが、本書著者の主宰するインターネット新… もっと読む
2002年12月韓国大統領選における、盧武鉉候補の劇的な逆転勝利。そこには、以前には見られなかった動きが存在した。形勢不利だった進歩的な候補を支持する若者達の声が、インターネットを通じ、全国をかけめぐったのである。この時最も大きな影響力を持ったのが、本書著者の主宰するインターネット新聞、『オーマイニュース』である。同サイトは、その後も韓国世論を動かしていくことになる。従来の一方的なニュースのあり方へのもどかしさから、2000年に記者4人で始まった『オーマイニュース』は、今では記者数45人、1日約100万ページビューを誇る。政治・社会・芸術など様々な分野から生き生きした現場の声を発信し、時にリアルタイムで動画・音声中継まで行なうこのサイトは、今では韓国の「新しいマスメディア」ともされ、"市民参加型ジャーナリズム"の稀有な成功例として、現在、アメリカ含む全世界で注目されている。本書は、『オーマイニュース』誕生から現在へ至る5年間の絶え間ざる格闘の、初の記録である。

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横田増生『アマゾン・ドット・コムの光と影』(情報センター出版局/一六〇〇円)は、秘密主義アマゾンの仕組みを暴くっちゅーよりも、アルバイト哀歌みたいなアマゾン物流センター潜入ルポ。著者が労働者としてはアマゾンを嫌うけど、ユーザーとしてはどんどん気にいっていくところは笑う。

アマゾン・ドット・コムの光と影 / 横田増生
アマゾン・ドット・コムの光と影
  • 著者:横田増生
  • 出版社:情報センター出版局
  • 装丁:単行本(295ページ)
  • 発売日:2005-04-19
  • ISBN:4795843422
内容紹介:
出版業界のタブーをものともせず、急成長した要因は何か。徹底した秘密主義の裏側では何が行われているのか。元・物流業界紙編集長が覗いたネットビジネス、その裏側に広がるのは…。

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元主任分析官の国策捜査暴露本、佐藤優『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社/一六八〇円)は、ヒロイックな語り口で、「信用できない語り手」スタイルっぽく読めるけど、報道とは真反対の視点を与えてくれるハードボイルドストーリーとしてしびれる。

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて / 佐藤 優
国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて
  • 著者:佐藤 優
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(550ページ)
  • 発売日:2007-10-30
  • ISBN:4101331715
内容紹介:
ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その"断罪"の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた-。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。

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古東哲明『他界からのまなざし 臨生の思想』(講談社選書メチエ/一五〇〇円)は、生のまぎわに臨む死の視点「臨生」から世界を見すえる哲学論考。「臨生」をはじめとして「冥顕同体」「他界の近傍性」「地上即銀河」「二重人」「無辺円のエチカ」など、用語・造語がギミックのように頻出。ギミック好きには興奮の書。

他界からのまなざし / 古東 哲明
他界からのまなざし
  • 著者:古東 哲明
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(236ページ)
  • 発売日:2005-04-09
  • ISBN:4062583291

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高橋一郎/荻原美代子/谷口雅子/掛水通子/角田聡美『ブルマーの社会史 女子体育へのまなざし』(青弓社/一六〇〇円)は、純粋に社会学的な問題意識からブルマーに迫る本。他国では特定種目の競技ユニフォームに限られるのが通例なのに、日本では、なぜ、全国ほとんどの学校体育でブルマー着用が強制されたのか? そして、一九九〇年以後、急速に駆逐された経緯は? ニッポンにおけるブルマーの興亡と衰退を研究し、女性の身体とセクシャリティをめぐる物語を示す歴史社会学的探求。〝軽めの風俗史的読み物を欲するブルマー愛好家諸氏には、あるいは期待はずれの向きもあるかも〟とエクスキューズがあるが、ブルマーの思い出一覧、戦後ブルマー変遷、詳細な分類など、真摯にブルマー萌えな人も必読。

ブルマーの社会史―女子体育へのまなざし / 高橋 一郎,谷口 雅子,角田 聡美,萩原 美代子,掛水 通子
ブルマーの社会史―女子体育へのまなざし
  • 著者:高橋 一郎,谷口 雅子,角田 聡美,萩原 美代子,掛水 通子
  • 出版社:青弓社
  • 装丁:単行本(250ページ)
  • 発売日:2005-04-01
  • ISBN:4787232428
内容紹介:
明治期から1990年代まで教育やスポーツの現場で広範に普及して黄金期を築いたブルマーにそそがれたまなざしを歴史的に追いながら、「性の解放と抑圧のパラドックス」「性の商品化」などの視角から、ジェンダー規範やセクシュアリティの変容の実態に迫る。

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五月号で紹介した佐藤幹夫『自閉症裁判』(洋泉社/二二〇〇円)に衝撃を受けて以来、自閉症についての本を読んでいる。『発達障害かもしれない 見た目は普通の、ちょっと変わった子』(磯部潮/光文社新書七〇〇円)は、理解の難しいこれらの障害についての最新かつ基礎的なガイドブック。繊細な問題なのに記述が荒っぽいかなと思える部分もたくさんあるんだけど、これは現場の人だから書ける乱暴さなのかもしれない。理解をひろめることが大切なので、新書という手に取りやすい形でこういう本が出ることに意義があると思う。

発達障害かもしれない 見た目は普通の、ちょっと変わった子 / 磯部 潮
発達障害かもしれない 見た目は普通の、ちょっと変わった子
  • 著者:磯部 潮
  • 出版社:光文社
  • 装丁:新書(220ページ)
  • 発売日:2005-04-15
  • ISBN:4334033016

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五月二十八日に最新刊が出る漫画『光とともに…自閉症児を抱えて』(戸部けいこ/秋田書店)は、自閉症の子供を授かった家族の物語。自閉症についての入門書としても最適だと思うし、素晴らしい作品なので(何回泣いたかッ)、ぜひ。

光とともに… / 戸部 けいこ
光とともに…
  • 著者:戸部 けいこ
  • 出版社:秋田書店
  • 装丁:コミック(257ページ)
  • 発売日:2001-07-01
  • ISBN:4253104339

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【この読書日記が収録されている書籍】
米光一成ブックレビュー Vol.1 / 米光 一成
米光一成ブックレビュー Vol.1
  • 著者:米光 一成
  • 出版社:インプレスR&D
  • 装丁:Kindle版(55ページ)
  • 発売日:2014-11-14
  • ASIN: B00PL9XLIS
内容紹介:
人気ゲーム『ぷよぷよ』監督のゲーム作家、米光一成が2005年から2006年の2年間にわたって「本の雑誌」に連載した書評集の2005年版です。森達也『いのちの食べ方』や角川春樹『わが闘争』、佐藤幹生『自閉症裁判』、みうらじゅん『正しい保健体育』など新旧、硬軟取り混ぜた“ごった煮書評集”。うねる文体のグルーブ感、ドライブする本へ愛をお楽しみください。

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初出メディア

本の雑誌

本の雑誌 2005年7月号

読みたい本に、きっと出会える。本を読みたくなる情報や書評がいっぱい。

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