書評
『戦国合戦図屛風・絵巻を読む』(勉誠社)
勝った側が政治利用する生々しさ
戦国合戦図屏風(びょうぶ)や絵巻は学校教材になっているが、研究が遅れていた。遅れていたと過去形で言えるようになったのは、この本のおかげである。従来は美術館が展示する際に作る図録などで知るほかなかった。合戦図の研究は難しい。本格的に研究するには、美術史と歴史学と文学の知識が要るから、一人でするには手に余る。そこで共立女子大学の堀新先生を中心に科研費を使った学際的な共同研究が組まれた。これが良かった。各地に散らばっている合戦図が専門の写真家によって高精細カメラで撮影され、データが整った。本書はその成果をもとに、まとめられた。図版が約二百点に及ぶ共著の専門書で、高価だから書評するか迷ったが、合戦図は教育にも観光にも公共性が高い。毎日新聞も賛成してくれたから内容を紹介する。本書前半の読みどころは、「戦国合戦図屏風」なる絵画形式が如何(いか)に生まれたかが複数の筆者で学術的に論じられている点である。中世の合戦絵巻が近世には合戦図屏風に展開する。日本文化史上、戦闘は如何に絵画化されてきたか、この問題設定は大事だが、時代を長い目でみた論文は少なかった。古い時代は、平将門を描いた『将門記』などの軍記を絵画にした「軍記絵巻」がある。また軍記とは別に戦闘記録として製作された「合戦記録」があり「蒙古襲来絵巻」が唯一の現存例として知られている。近世になると、絵巻以外にも屏風や扇面・冊子の形で合戦に勝った側が「戦勝記念」の絵画制作を行うようになる。この指摘自体はあったが、本書では具体的に、室町時代後期から「やまと絵」を描いてきた土佐派の絵師たちが合戦図屏風に向かう幾つかの革新を行った点に着目している。特に土佐光吉(一五三九~一六一三)の時代に、クライマックスの場面を抜き出して拡大して描くスタイルや、絵巻よりもはるかに大画面の作品が確立していった。上空からドローンで見るような、時々ズームインするような、合戦図屏風のあのスタイルが誕生する過程がしっかり論じられている。
本書後半のみどころは、戦争に勝った側が合戦図を制作させ、勝った側の子孫たちが合戦図を政治的アピールに利用する姿を生々しく描き切っている点である。特に興味深かったのが、関ケ原の合戦図・軍記をめぐる岩国の吉川(きっかわ)家の動きである。関ケ原合戦時、毛利氏の大軍は徳川家康本陣の背後の山に居ながら動かなかった。毛利勢は家康本陣を襲わず、その判断は毛利一族の吉川勢が前に立ちはだかって毛利勢を通せんぼうしたためだとされてきた。吉川家は徳川社会を有利に生き抜くため、これを手柄として宣伝した。関ケ原合戦時に先祖がどこに布陣したかは徳川時代の大名家にとって大問題で、関ケ原付近の旧家に家来を派遣して自家に有利な情報を探させ、図も制作されていた。本書は合戦図や軍記の内容の信憑(しんぴょう)性を吟味する史料批判の手際が良く、専門書だが読んでも面白い。近年、大学等の研究現場は「競争」原理の導入で疲れている。そのなかで研究は専門化・細分化・大型化してきているから文教政策は競争より「共同」に舵(かじ)を切る必要がある。本書はその共同で学際研究をやった見事なお手本で見習いたいと思った。
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