書評
『明るい夜』(文藝春秋)
人物を相対化 恬淡と描く
語り手であり主人公の「わたし」は、京都のイタリアン・レストランのバイト。同じレストランで働く「イズミちゃん」と仲良しなのだが、わたしには恋人がいて、「工藤くん」という名前だ。本屋で働いていた工藤くんは、ある日、小説家になることを宣言し、仕事を辞めてしまう。だが、一行も書かないうちに工藤くんは、わたしと一緒に、京都の山奥にあるイズミちゃんの故郷に出かけたりしている。
面白いのは、どの登場人物にも、強い思い入れが感じられないこと。たとえば、わたしの住んでいるのは築七十年に及ぼうかという老朽化したアパートなのだが、そこの歴史まで大家が語るシーンがある。つまり、人も建物も、こう言って良ければ、歴史までも相対化する視点が、小説をつねにクールにみせているように思えるのだ。
登場人物たちは、何かの目的のために日々を行動したりしていない。生きるのに貪欲な感じがまるでしない人物の造型は、これはこれで達者なものだな、と感じた。
いまどきの若者風俗など、一片もない。そうではなく、何か大きなものに包まれて生かされているような人々が恬淡(てんたん)と描かれている。
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