作家論/作家紹介

【ノワール作家ガイド】エド・ゴーマン『影たちの叫び』(創元推理文庫)ほか

  • 2018/10/13
一九四一年、アイオワ州生まれ。広告関係のライターとして長く勤務したのち、長篇「Rough Cut」を発表、専業作家に転身する。元刑事の俳優兼ガードマン、ジャック・ドゥワイアが登場するシリーズ、映画評論家トビンのシリーズなど、軽快なトーンのミステリで初期のキャリアを築いた。一九八〇年代末頃から作風の幅を広げ、また古今のエンタテインメント小説への造詣の深さを活かして、アンソロジーも数多く編纂している。

エド・ゴーマンが編集した『The Black Lizard Anthology of Crime Fiction』というノワール/ハードボイルドのアンソロジーがある。それに寄せたゴーマン自身による序文によれば、そのミステリ体験のなかで重要な節目になっているのが、一九五〇年代のノワール黄金時代に積極的にその紹介をしていたことで知られる「ゴールド・メダル」叢書に収められた、ライオネル・ホワイト作品との出会いだったという。さらには、 デイヴィッド・グーディス、ブルーノ・フィッシャー、ピーター・レイブ……と、この序文にはいまもゴーマンが思い入れを抱く当時の作家の名が挙げられている。

そんなバックグラウンドをもつゴーマンだが、作家デビューしてからしばらくは、独特の軽妙さと才気はあるものの、口当たりのいい平凡な私立探偵小説を書き続けていた。

それが転換をみせはじめるのが俳優兼ガードマンのジャック・ドゥワイアを主人公とするシリーズの『The Autumn Dead』で、これまで軽快さを旨とし、主人公と事件のあいだに画然と線を引いていたゴーマンが、主人公の過去に関わる事件を用意し、「老い」と「追憶」と「死」というテーマを扱ったのだ。これを機に、ゴーマンの作品には「ノワール」的な暗さが漂いはじめ、同時にホラー(的)作品が発表されるようになる。『Night Kills』、『Night of Shadows』などがそうだ。

「Night」がつく上記二作品や、心理分析官ロバート・ペインを主人公とする『Blood Moon』にはじまる連作は、当時、ジョー・R・ランズデールの作品などとともに、「ダーク・サスペンス」と呼ばれていた。一見すると、当時流行だったサイコ・サスペンスを思わせる『Blood Moon』をみると、この作品が、平凡なサイコ物に比べて、過度に暴力的で暗澹とした空気を湛えていることに気づくだろう。単なる「異常犯罪者追っかけ」ではなく、むしろ異常犯罪者の精神、そのふるまいが及ぼす恐怖(クライマックスの凄惨な光景を見よ)に、焦点は合わされている。ありふれたサスペンスにしては、あまりに「神経を逆撫でする」要素が強い作品――「ダーク」という形容詞を冠さないことには収まりがつかない――を、ゴーマンは書きはじめたのである。 

また、形態としては私立探偵小説だが、前記『The Autumn Dead』につづくドゥワイア物『影たちの叫び』においても、「都市」の夜の部分に浮かび上がる「異界」の風景、さらには明かされる真相のあまりの凄絶さが、端整な私立探偵小説の枠組みを明らかに逸脱している。

『影たちの叫び』の異様さ――これはホラー小説 のそれだ。

『Blood Moon』の凄惨な要素も、ホラーのそれであると言っていい。かつて「ダーク・サスペンス」と呼ばれた小説群は、超自然的要素を含んでいなかったがゆえに「ホラー」と呼ばれなかっただけで、つまるところ、ホラー的に強烈な狂気/残虐性の描写をもったリアリスティックなサスペンスだったのだ――吸血鬼や狼男の代わりに、狂気や無慈悲な暴力といった、現実的で「人間的」な恐怖を主眼にしたのだった。

この恐怖。「人間」に対する恐怖――人間の内なる残虐性に対する恐怖。これは限りなくノワールの主題に近い。社会システムのいかなる制約や規範によっても最終的に隠蔽し得ない人間の衝動の暴発を描く小説がノワールだと言えるからだ。ノワールとホラーのあいだには、ある種の親和性がある。いずれも、「理性/非理性」「秩序/混沌」「文明/自然」の二項対立とせめぎ合いを物語の根底においている点において。

ノワール的な作風に転換したのちのゴーマン作品に共通するのは、そのタイトルに「夜」とか「影」といったニュアンスのある語を多用するようになったことだ。それは「光=文明/理性」の届かぬ場所に発現する「闇=自然/非理性」の力学を物語の主眼においていることを示してはいないだろうか。そして、そうした都市の「夜」を描いたのが、 デイヴィッド・グーディスらのノワール作家たちの功績だったはずだ。

現代社会の象徴たる商業主義の醜悪なありようを、冷徹な筆致で描いた『Shadow Games』には、ゴーマン流ノワールの精髄がこめられている。自分の内部の異常性に狂わされる少年スターが、悪意に満ちたたくらみに操られ、凄絶な破滅へと向かってゆく物語だが、ホラー的な残虐描写、 サイコ・サスペンス的なつめたい恐怖、冷笑的とも言える突き放したかたちで綴られる悲劇、といった要素が組み合わさり、現代ノワールとしか言いようのない作品に仕上がっている。そう、グーディスのペシミズムとピーター・レイブのニューロティックな暴力性を合わせたような作品に。

ゴーマン作品の多くは、その巧みな娯楽小説的仕立てによって、ノワールにカテゴライズされないままになっている。だが、「娯楽」を意識せずに書いた『Shadow Games』が証明しているように、ゴーマンは黄金時代ノワールを呼吸して育ったノワール作家に他ならず、また、ノワールとホラーの関係を考える、格好のサンプルとなる重要な作家なのである。

【必読】『影たちの叫び』(創元推理文庫)、『Shadow Games』(未訳)、『Blood Moon』(未訳)

影たちの叫び / エド・ゴーマン
影たちの叫び
  • 著者:エド・ゴーマン
  • 翻訳:安倍 昭至
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(278ページ)
  • ISBN-10:4488269028
  • ISBN-13:978-4488269029
内容紹介:
クリスマス・タイム。わたしはある高級レストランのオーナーから店の警備状況を調べるよう依頼を受けた。零下15度のなか敢行した調査がもたらしたものは、凍えそうな子猫と、ゴミ缶を漁る牧師との出会いのみ。あっさり首を切られたわたしだったが、数日後依頼人射殺の報が届けられた…。事件の裏に見え隠れするホームレスの影。モノクロームの街に探偵が見た、衝撃の真実とは。

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