読書日記

高橋源一郎『官能小説家』(朝日新聞社)、古橋秀之『サムライ・レンズマン』(徳間書店)、菅浩江『五人姉妹』(早川書房)ほか

  • 2019/05/23

時間SFメタフィクション、高橋源一郎『官能小説家』の壮絶

前号の滞貨が大量にあるので無駄口を叩く間もなく本題に入る。古橋秀之『サムライ・レンズマン』(徳間デュアル文庫)★★★☆は、E・E・スミスの遺族から承認を受けた正規の《レンズマン》スピンオフ長篇。パスティーシュとしての完成度は抜群に高く、小説的な面白さは本家を凌ぐ。キニスンやトレゴンシーなど本家レギュラー陣も登場するが、われらが主人公は、特殊鋼製の日本刀を振り回すアルタイル柔術の達人シン・クザク。〝アメリカ人
SF作家が日本文化を誤解して生み出したキャラ〟って設定で、それがらみのギャグはもちろん、原典ファン感涙のネタも満載されている。子供時代《レンズマン》に熱狂した(古橋秀之を知らない)中年読者にも強く推薦したい。ただし、古橋ファンの観点から言うと、原典へのリスペクトが強すぎ。だいたいオレにとってのレンズマンは、「太陽系? そんなものは民間人に任せておけ」とばかりにどんどん話がでかくなる荒唐無稽なスケールアップ感覚がキモなんで、これじゃまだまだおとなしすぎるね。原典を完膚なきまでに破壊するフルハシ的暴走が見たかったのに──ってのはないものねだりか。なお、これに合わせて──というわけじゃないんですが、原典の《レンズマン》も小隅黎の新訳、生賴範義の新カバーでシリーズの再刊がスタートしている。未体験の若い人はこの機会にぜひ。

サムライ・レンズマン / 古橋 秀之
サムライ・レンズマン
  • 著者:古橋 秀之
  • 出版社:徳間書店
  • 装丁:文庫(369ページ)
  • ISBN:4199050922
内容紹介:
シン・クザク-別名"サムライ・レンズマン"。ニヒルな白皙は日系アルタイル人の証。束ねられた長い髪。腰に携えられた特製の日本刀。彼は"独立レンズマン"の制服であるグレーのスーツに身を固めた盲目の超戦士だ。あの生きた伝説のキムボール・キニスンの活躍により撃滅したはずの、宇宙海賊ボスコーンの復活を察知したクザクは、"ドラゴン・レンズマン"ウォーゼルやヴァン・バスカークら、お馴染みのキャラクターと共に新たな戦いへ挑んでいく!俊才・古橋秀之が描く超宇宙大活劇。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

茅田砂胡『スカーレット・ウィザード外伝』(中公Cノベルズ・ファンタジア)★★☆は、外伝と言うより新シリーズの序章、あるいは《スカウィ》と《デル戦(デルフイニアせんき)》のブリッジノベル。いずれにしても単独では評価しにくいが、前シリーズの潔すぎる結末が不満な読者は必読。三月に出るらしい続篇(?)での新展開を刮目して待ちたい。

スカーレット・ウィザード外伝―天使が降りた夜 / 茅田 砂胡
スカーレット・ウィザード外伝―天使が降りた夜
  • 著者:茅田 砂胡
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(253ページ)
  • ISBN:4125007365
内容紹介:
30年と限られていたジャスミンの命。しかし訪れるはずのない誕生日を4回迎えた彼女は、その日々、何を思い過ごしたのだろう。そして総帥の地位を継いだケリーは何を見据え生きたのだろう。二人の言葉と想いが残された。本編では語られることのなかった死の直前の女王の姿とキングのその後を描く外伝登場。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

続いてノンフィクションを二冊。日本SF作家クラブ編『SF入門』(早川書房)は、タイトル(および年少読者向けを意識した造本)が激しく間違っていることを除けば楽しく読めるSF作家エッセイ集。作品ガイドでは、弓原望が書いた「スター・ウォーズ」の項目が爆笑で(帝国側から書かれた「新しい歴史教科書」)、そういう〝SF作家の話芸〟が読みどころなんだけど、それを楽しむためには、当然、とっくの昔にSF入門を済ませていることが要求される。むしろ第3章の「SFの現場」的な内容を前面に押し出したほうがよかったかもしれない。巻頭の各国SF史も含めて、SF初心者よりSFマニア向けの一冊。

SF入門 /
SF入門
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • ISBN:4152083867
内容紹介:
SFとはなにか、その歴史、精神性、創作の手引き、これぞSFという人気作品のリストや解説など現時点でのSFの成果と将来に渡る展望が、簡潔にまとめられている。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

『中国科学幻想文学館』上下(大修館書店)は、なんとびっくり中国SF史の概説書。『桃源郷の機械学』で知られる武田雅哉が担当する上巻は、清朝末〜中華民国期が対象。大陸的なSFほら話が悠揚迫らざる語り口で次から次へと紹介される。涙香や春浪の古典SFが当時の中国SFに影響を与えたって話も面白い。一方、『SF入門』でも中国SF史解説を担当した林久之著の下巻は、中華人民共和国成立後が対象。文革当時の涙なくしては読めないエピソードが興味深い。すぐ手に入る中国SFの邦訳がほぼゼロという現状を前提に書かれているので、中国のSFなんか全然知らないよという人でも安心して読めます。

中国科学幻想文学館〈上〉 / 武田 雅哉,林 久之
中国科学幻想文学館〈上〉
  • 著者:武田 雅哉,林 久之
  • 出版社:大修館書店
  • 装丁:単行本(265ページ)
  • 発売日:2001-11-01
  • ISBN:4469231762
内容紹介:
ようこそ、科学と幻想の中国へ!本邦初・中国SF小説史、上下巻にて登場!上巻では、古代中国の科学幻想から、清末・民国期の翻訳・創作SFまで、中国の驚異の感覚(センス・オブ・ワンダー)の軌跡をたどる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

以上、宿題をざっと消化したところで、リチャード・パワーズの英文学ネタ人工知能SF長篇『ガラテイア2・2』(若島正訳/みすず書房)★★★を──と思ったら先月号で風間賢二氏にひと足早く紹介されてしまったので、かわりに高橋源一郎の日本文学ネタ時間SF(?)長篇『官能小説家』(朝日新聞社)★★★★を。『日本文学盛衰史』と同様、メタフィクション的な仕掛けと意図的な時代錯誤を満載、明治の文豪たちが大挙登場するが、こちらは新聞連載だけあって、長篇としてのプロットが(タカハシ作品としては)きちんと存在し、(タカハシ作品としては)非常にわかりやすい。明治文学の自己暴露はワイドショウ的なスキャンダリズムと表裏一体だよね、ってのがたぶん出発点。しかしそれを描くために(かどうかは知らないが)現実の世界でもスキャンダリズムを実践できるのは、いまどきこの人ぐらいじゃないですか。しかも、その現実(自分自身の浮気と、そこから派生した三角関係)を、森鴎外・樋口一葉・半井桃水の三人に投影してそのまんま書いちゃうんだからすさまじい。新聞小説の特性を生かした虚構/現実の相互乗り入れ実験としても、身を捨ててる分だけ『朝のガスパール』より上。この大胆かつひねくれた自己暴露には心から敬意を表したい。現代にやってきた漱石と鴎外の掛け合い漫才とか、随所にちりばめたギャグも秀逸。しかしこんな小説が朝日新聞に連載されてても特にスキャンダルにもならないあたりが、現代日本文学の最大の悩みなのかもしれないと思った。

官能小説家  / 高橋 源一郎
官能小説家
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:文庫(469ページ)
  • 発売日:2005-05-12
  • ISBN:402264348X
内容紹介:
文壇を揺るがす大スキャンダル発覚!森鴎外と樋口一葉の「不倫」を軸に、漱石、啄木、桃水、タカハシゲンイチロウら明治と現代の小説家たちが時空を超えて入り乱れ、文学を語り、愛を交わす、著者初の官能小説。朝日新聞連載時より話題沸騰の衝撃作、いよいよ文庫版で登場。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

同じ高橋源一郎でも、《波》連載をまとめた『ゴヂラ』(新潮社)★★のほうは、前記二作の残り滓をつぎはぎした感じで、ほとんどまったく笑えない(悪の首領が「乙葉の声でしゃべる小池栄子」に変身するとこは笑ったけど)。いちばん面白かったのは、巻末の初出表示の注意書きかも。

ゴヂラ / 高橋 源一郎
ゴヂラ
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(211ページ)
  • ISBN:4104508012
内容紹介:
最近、どうもおかしい。世界全体が変なんだ。石神井公園の町に閉じこめられてしまった詩人。駅前で悪人募集のビラを撒いてる『影の総裁』。「正義の味方」をやってる作家のタカハシさん。"いけないこと"を唆す、本物の漱石と鴎外。でも、ゴヂラはなかなか現れない。いつになったらゴヂラは出て来る?どうしてゴジラでなく、ゴヂラなのか?謎を解きたくて、秘密を知りたければあいつの正体を突き止めるしかない。世界の秘密がわかってしまう、同時多発小説。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

さて、ジャンルSFの今月イチ押しは、『雨の檻』以来となる菅浩江の第二SF短篇集、『五人姉妹』(早川書房)★★★★。日本文芸家協会の短篇選集にも選ばれた表題作は、父親によって成長型人工臓器の実験台にされた女性がバックアップ用に育てられた四人のクローンと次々に対面する話。その他、ブラッドベリ的なラブストーリーに量子論ネタを組み込んだ「箱の中の猫」、AIによる人格シミュレートと大衆芸能の世界を接続した「賤(しず)の小田巻」など、科学ネタを叙情的に料理するしっとりした作品が主流。科学的論理の転がし方よりも感覚的・審美的なイメージが重視されるのが持ち味で、その分、一般読者にも訴求力が高い。他に、《博物館惑星》シリーズの番外篇「お代は見てのお帰り」、書き下ろしの「ホールド・ミー・タイト」など、いずれも高水準の全九篇を収録。

五人姉妹 / 菅 浩江
五人姉妹
  • 著者:菅 浩江
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(372ページ)
  • 発売日:2005-01-01
  • ISBN:4150307776

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

今月最後の一冊は、筒井康隆の少女小説『愛のひだりがわ』(岩波書店→新潮文庫)★★★。帯には「〝マジック・リアリズム〟で描く、愛の冒険」とあるけど、あえて分類すれば、「近未来を舞台にしたエブリデイ・マジックものの成長小説」でしょ。ヒロインの「左側を守ってくれる存在」という発想が秀逸で、なんてことない話なのにきっちり読ませるのはさすが筒井康隆。

愛のひだりがわ / 筒井 康隆
愛のひだりがわ
  • 著者:筒井 康隆
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(339ページ)
  • 発売日:2006-07-28
  • ISBN:4101171491

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。



【この読書日記が収録されている書籍】
21世紀SF1000  / 大森 望
21世紀SF1000
  • 著者:大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(591ページ)
  • 発売日:2011-12-07
  • ISBN:4150310521
内容紹介:
21世紀の到来とともに、ふたつの公募SF新人賞が新人作家を続々輩出し、新たなSF叢書"ハヤカワSFシリーズJコレクション"と"リアル・フィクション"がジャンルの中核を形成、日本のSF出版は充実の時代を迎えた-。月刊書評誌『本の雑誌』連載の「新刊めったくたガイド」から、2001年〜2010年のSF時評を集成。21世紀最初の10年に刊行された主要SF作品1000点を網羅した、現代SFガイドブックの決定版。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

本の雑誌

本の雑誌 2002年4月号

読みたい本に、きっと出会える。本を読みたくなる情報や書評がいっぱい。

関連記事
ページトップへ