書評
『そばかすのフィギュア』(早川書房)
模型の新しい心
ワンフェス(ワンダーフェスティバル)は、模型版のコミケ(コミックマーケット)とも言うべきオタクの祭典。同じファン創作物でも、2次元の同人誌に対してこっちは3次元。ガレージキットと呼ばれる少数生産の模型が売買される。現在は海洋堂の主催で夏と冬に開かれ、5万人を超える来場者を集めるまでに成長した。日本が世界に誇るこの模型文化を背景にした先駆的な名作が、菅浩江『そばかすのフィギュア』。SFマガジン1992年8月号に発表され、翌年の星雲賞日本短編部門を受賞。99年には、デイナ・ルイスとスティーヴン・バクスターの共訳で、英国のSF誌インターゾーンの3月号に英訳掲載。翌年には、デイヴィッド・ハートウェル編の年刊SF傑作選に(非英語圏からの翻訳作品としては唯一)選ばれ、海外でも評価される作品であることを証明した。
主人公は大学生の宮田靖子。所属する同人誌サークルの仲間と一緒に、新作アニメ「ダグリアンサーガ」のキャラクターデザインコンテストに応募したところ、みごと最優秀賞を受賞。彼女のデザインをもとにつくられた発売前のガレージキットが送られてくる。4体のうち、村娘アーダの組み立てを任された靖子は、初めての経験に悪戦苦闘しながら、愛情を込めてサンドペーパーをかけ、塗装し、作業を進めてゆく。そのフィギュアは、新開発の植物繊維が神経の役割を果たし、自在に動くだけでなく、シナリオに応じた性格と発話機能まで備えていた……。
というわけでこれは、模型オタクの生態をリアルに描く青春小説であると同時に、靖子とアーダの交流を軸にした風変わりなロボット(人工知性)SFであり、せつないラブストーリーでもある。山本弘『アイの物語』や長谷敏司『BEATLESS』のさきがけと言えなくもない。同名の短編集(ハヤカワ文庫JA)には、本編のほか、著者が高校生のときに発表したデビュー作「ブルー・フライト」や、宇宙船の中で女性型ロボットと暮らす少女を描く「雨の檻(おり)」など、全8編を収録する。
西日本新聞 2015年8月5日
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