書評

『片桐大三郎とXYZの悲劇』(文藝春秋)

  • 2017/11/11
片桐大三郎とXYZの悲劇 / 倉知 淳
片桐大三郎とXYZの悲劇
  • 著者:倉知 淳
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(309ページ)
  • 発売日:2015-09-24
  • ISBN-10:4163903356
  • ISBN-13:978-4163903354
内容紹介:
あるとき急に聴覚を失って引退を余儀なくされた超大物時代劇スター・片桐大三郎は、暇を持て余すあまり趣味の素人探偵に乗り出した。

ミステリ史に残る大傑作に挑んだ野心作

『Xの悲劇』に始まるエラリー・クイーンの《悲劇》四部作と言えば、ご存じの通りミステリ史に残る大傑作。本書はそれを現代日本に移植し、コンパクトな中編四部作に仕立て上げる。

本家の探偵役は、聴覚を失って舞台を降りた元シェイクスピア俳優ドルリー・レーン(六〇歳代)だが、こちらの片桐大三郎は時代劇の大スター(七〇歳代)。同じく聴覚を失って俳優業を引退、芸能事務所の社長業の傍ら、警察に協力して事件を解決するのが趣味。レーンと違って読唇術は使えないが、入社一年目の野々瀬乃枝にノートPCを持たせて相手の話をタイプさせ、会話にも不自由しない。

第一話は、満員の市電でニコチン液に浸した針を使った殺人が起きる『X』に倣って、通勤ラッシュの山手線で幕を開ける。新宿駅のホームに降りる乃枝の前でばったり倒れた男。彼はニコチン溶液を注射されて殺害されたことが判明。身動きもできない超満員の電車内で犯人はどうやって注射針を刺したのか?

続く第二話は、なぜよりによってウクレレが撲殺の凶器に選ばれたのかが焦点になる。コミカルな語り口の中に、クイーンばりのロジックが冴え渡る逸品。誘拐事件を扱う第三話は、驚愕の真相がインパクト絶大。“幻のシナリオ”消失の謎に挑む第四話は、エピローグ的な小品ながら、連作を鮮やかに締めくくる。

主役の片桐大三郎は、三船敏郎と大川橋蔵と松平健を一緒にしたようなウルトラスーパー級の国民的スターなので、捜査に赴く先々でサインを求められ、写真を撮られるのが可笑しい。おまけに、「さてみなさん」と関係者を集めて推理を披露する前に、往年の映画撮影や舞台劇の現場にまつわる思い出話を滔々と語り、それが事件とからむという楽しい趣向も。クイーンへのウィンクはあちこちにあるが、マニアックなミステリでは全然ない。原典を知らなくても問題なく楽しめるし、ネタバレもないのでご心配なく。
片桐大三郎とXYZの悲劇 / 倉知 淳
片桐大三郎とXYZの悲劇
  • 著者:倉知 淳
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(309ページ)
  • 発売日:2015-09-24
  • ISBN-10:4163903356
  • ISBN-13:978-4163903354
内容紹介:
あるとき急に聴覚を失って引退を余儀なくされた超大物時代劇スター・片桐大三郎は、暇を持て余すあまり趣味の素人探偵に乗り出した。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

週刊文春

週刊文春 2015年11月10日

昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
大森 望の書評/解説/選評
ページトップへ