大胆な宣伝文句にウソはない
中田永一7年ぶりの新作長編は、ロバート・F・ヤングの名作短編「たんぽぽ娘」にオマージュを捧(ささ)げるタイムトラベル・ロマンス。といっても、タイムマシンや時間の抜け穴を使うわけではない。主人公の下野蓮司(かばたれんじ)は、11歳のある日、20年未来の自分と、1日だけ意識が入れ替わった経験を持つ。20年後のいま、今度は31歳の蓮司が時間を遡(さかのぼ)り、11歳の自分の体に入るときがやってくる。20年の間に、蓮司は完璧な準備を整えていた。目的は、愛する人を救い、ある事件の犯人を突き止めること。そのために使える時間は、わずか7時間ほどしかない。
大人側で入れ替わりが起きるのは、2019年10月21日午前0時4分。小学生のころ使っていたノートにかつて自分が記した(あるいは、これから記すことになる)メモにいわく、『ベンチで待機/パトカーの音/犬が三度鳴く/背後から殴られる』。
本当にこのメモどおりのことが起きて、蓮司は20年前にタイムリープできるのか?
一方、11歳の下野蓮司は、野球部の練習試合の最中、打球を頭に受けて気を失う。次に目覚めると、そこは病院。しかも、大人の体になっていた。とまどう蓮司の前に、西園小春という女性が現れ、私はもうすぐ蓮司君と結婚するのだと告げる…。
この小説では、“観測”された事実(確定した過去)は原則として変えられないので、過去の事件の裏側にある真実を探り当てることが時間旅行の目的になる。その意味では、SFよりもミステリー色が強い。つまり、手の内をさらしたうえで、いかに読者を驚かせるかが腕の見せどころというわけだが、時間ロマンスの名作「Calling You」を乙一名義で書いている作者だけあって、筆さばきは鮮やか。
「ミリ単位で計算された〈完璧すぎる〉切なさの設計図。昨今のタイムリープ小説に引導を渡す、青春ミステリーの誕生」という大胆な宣伝コピー(パイロット版カバー)にウソはない。フィニイ、ヤング、広瀬正、半村良の系譜に連なる新たな名作だ。