読書日記
茅田砂胡『スカーレット・ウィザード』(中央公論新社)、奥泉光『鳥類学者のファンタジア』(集英社)、山田正紀『ミステリ・オペラ』(早川書房)ほか
楽しさ無限大の音楽SF『鳥類学者のファンタジア』
茅田砂胡の波瀾万丈豪快宇宙SFロマンス『スカーレット・ウィザード』全五巻(中公Cノベルズ・ファンタジア)★★★★が完結した。ヒロインは宇宙一の大財閥を率いる大富豪、ヒーローは銀河一の凄腕宇宙海賊。この超大型カップルが銀河狭しと暴れまくる宇宙冒険恋愛活劇は、キャサリン・アサロ《スコーリア戦史》をはじめとする海外の宇宙ロマンスSF群をはるかに凌ぐ一気通読の面白さ。英訳されればサファイア賞(ロマンスSFの年間最優秀作品賞)確実か。唯一の不満は敵側および組織の描写が弱いことで、その分、『デルフィニア戦記』の興奮に一歩及ばない。ところで、五巻のあとがきには、「宇宙船やロボットが出てくればSFかと思ってたら、どうもそうじゃないそうで、だからこの作品はSFではありません」(大意)という一節があり、2ちゃんねるSF板では、それをめぐって喧々囂々の大議論が勃発。作品評価は人それぞれだとしても、「これはスペースオペラであってSFではない」的な発言が多かったのには驚いた。『レンズマン』も『スターウルフ』もSFじゃないと? 「宇宙船やロボットが出てくればSF」という感覚は圧倒的に正しいと思うし(それがSFとして優れているかどうかはまた別の問題)、西部劇(ホースオペラ)流の恋愛喜劇(ソープオペラ)を宇宙活劇(スペースオペラ)として上演する『スカーレット・ウィザード』は、移植型SFの要件を完璧に満たしている。『スカーレット・ウィザード』は疑問の余地なくSFです。「SFファンは今後五年間、『これはSFじゃない』と言うのをやめたほうがいい」というのは瀬名秀明の提言だが(「SFセミナー2001」の講演より)、実際問題、「これは(オレの考える理想の)SFじゃない」を、「これはSFじゃない」と短絡させるタイプのSFファンは相当に迷惑な存在だと思う。どうしても言いたいときは、せめて「これは本格SFじゃない」と言ってください。
文芸誌《すばる》連載をまとめた奥泉光『鳥類学者のファンタジア』(集英社)★★★★☆は、現代の女性ジャズピアニスト(自称〝黄昏の女バッパー〟)が一九四四年のベルリンにタイムスリップする時間SF/音楽SF巨篇。『「吾輩は猫である」殺人事件』『グランド・ミステリー』と併せて、さしずめ奥泉版「時と人」三部作か。
今回は前二作と比べてジャンルSF色が強く、タイムトラベルもののお約束的なネタもサービス(武富士のポケットティッシュをめぐる騒動が爆笑)。焦点は、オカルティズムに傾斜したナチスドイツと神霊音楽協会が巡らす大陰謀。オルフェウスの音階、宇宙オルガン、フィボナッチ音律、ピュタゴラスの天体、ロンギヌスの石……とオカルト/伝奇系の魅惑的なモチーフが大量投入され、ついにはスティーヴン・バクスターばりのハードSF的解釈まで登場して腰を抜かすんだけど、ヒロインはその説明をあっさり聞き流す。要するに、SF読者にウィンクはしてみせるものの、ジャンルの文法には従わないのが奥泉流(従っていれば、キム・スタンリー・ロビンスン『永遠なる天空の調』を超える宇宙的音楽SFの傑作になっていたかも)。およそSFの主人公には向かない性格のヒロインだから当然ですが、その分、物語は非常に軽やかで、こんなに楽しく読める小説も珍しい。
パパゲーノという名の猫が道案内する『鳥類学者…』に対して、山田正紀の書き下ろし大作『ミステリ・オペラ』(早川書房)★★☆には、人間のパパゲーノが登場する。こちらも時間SF的な仕掛けがあり、オペラ『魔笛』を焦点に、一九三八年の満州と一九八九年の東京を自在に行き来する。材料だけ取り出せば『鳥類学者…』と驚くほど共通点が多いが、料理法は正反対(ついでに可読性も正反対)。あくまで本格ミステリの枠組みで書かれたこの小説では、多世界解釈に基づくSF的論理がミステリ的論理で再解釈される。逆説めいた言い方になるが、SFがミステリに敗北するその瞬間には、優れてSF的なセンス・オブ・ワンダーがある。それにしても(小説構造上の要請とはいえ)冗長性が高すぎるのが難点[のちに、第2回本格ミステリ大賞と第55回日本推理作家協会賞長篇部門を受賞]。
小林泰三『AΩ(アルファ・オメガ)』(角川書店)★★★☆は、著者初の本格SF長篇。乗客全員が死亡した飛行機事故の凄惨な死体置き場から始まる冒頭こそホラー風だが、おたく世代の読者なら、主人公の名前(諸星隼人)を見ただけで怪しいと気づくはず。果たせるかな、第一部後半では謎のプラズマ生物が登場、宇宙空間を舞台にハードな描写が続く。科学的に正しいウルトラマン(スプラッタ風味)というか、大人の鑑賞に堪える変身ヒーロー物という趣向。ただし、見慣れた日常が崩壊し、キリスト教的アーマゲドンに突入して以降は、マキャモン『スワン・ソング』や山田正紀『ナース』を思わせる善悪の戦い(と区別のつかない話)に変貌する。どうせなら前半をもっと伸ばしてほしかった。なお、結末にはあっと驚く(SFファン向けの)謎解きあり。
野尻抱介『ふわふわの泉』(ファミ通文庫)★★★☆は、クラーク『楽園の泉』のお気楽コメディ版。もっとも、高校の実験室で驚異の新物質ふわふわが偶然誕生する冒頭は『宇宙のスカイラーク』だし、それを利用したコミューンが国家と衝突するあたりはライバー「ビート村」風。ジャンルSFの歴史をなぞるように進んで『楽園の泉』までたどりつき、さらには地球外知性まで登場する。科学おたくの女子高生(眼鏡っ娘)社長という一点突破で全面展開する、驚異のハイスピード本格SFだ。
ブライアン・オールディス『スーパートイズ』(中俣真知子訳/竹書房)★★★は、英国で四月に出たばかりの最新短篇集。一九六九年発表の「いつまでもつづく夏」はこれが三度目の邦訳だが(ちなみに本邦初訳は《SFの本》8号掲載の「スーパーおもちゃの長い夏」で、訳者は当時まだ大学生だった山形浩生。二度目は『ザ・キューブリック』所収の望月明日香訳「古びた特製玩具」)、それを除けば、過去七年間に書かれた本邦初訳の新作ばかり全二十一篇を収録する。せっかくオールディスの短篇集を出すんならベスト集成を編んでくれればよかったのに。とにかく「スーパートイズ」三部作(映画「A.I.」原作)さえ入ってれば、あとはなんでもいいってことですか。みじんもオールディスらしくないこのSF寓話三部作以外は、陰鬱な皮肉とユーモアに満ちた、いかにも偏屈老人風のとりとめもない語りが特徴。SF色が薄いものにはいぶし銀の話芸が楽しめる渋い秀作もあるが、この翻訳からではやや伝わりにくい。
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