アメリカ史のグロテスクな戯画
SF界の奇才ジョン・スラデックの作品には、どれもすぐにスラデックだとわかる独特の香りがただよっている。高度な知性の持ち主でありながら、クレイジーなユーモアをばらまき、ウェットな人間的感傷とはまったく無縁で、書くマシンと化してしまったような男、それがスラデックだ。今から四〇年前に出たこの『チク・タク(あと九回繰り返してください)』も、スラデックの魅力がてんこ盛りになっていて、「一ページに一度は笑わされた」という手垢がついた常套句を使いたくなる。舞台は近未来のアメリカ。主人公は《オズの魔法使い》シリーズに登場する、ゼンマイ仕掛けのロボットから名付けられ、家庭用ロボットとして製造されたチク・タクである。そのチク・タクが犯罪を犯して逮捕されるまでのいきさつを獄中で綴り、後に『わたしは、ロボット』として出版された回想記が本書という設定で、ナボコフの『ロリータ』とアシモフのロボット物を足し合わせるというこのアイデアが珍妙きわまりない。
チク・タクには、人間に危害を加えてはならないという規則に始まる、アシモフのいわゆるロボット工学三原則が「アシモフ回路」として実装されている。ところがどうしたことか、チク・タクは自由意思を獲得し、気の向くままに人を殺すことをおぼえてしまう。殺人機械となった彼は、芸術家から実業家へ、さらには政治家へと成り上がり、しまいには副大統領候補に担ぎ出されることになる。
こう要約すると、悪ふざけのような筋書きだと思われるだろうし、実際にスラデックのふざけぶりは度を越したものなのだが、この小説はスラデックなりにシリアスなのだ。家畜同然の扱いを受けていた家庭用ロボットが人間並みに生きたいと思うところから始まって、最後はロボットに市民権を与えるかどうかが政治的な大問題となるという物語展開は、南北戦争以前の奴隷制度から公民権運動へと続く、アメリカ史のグロテスクな戯画に他ならない。言葉遊びをふんだんに盛り込みながら、文学、芸術、社会、歴史、政治から果ては宗教に至るまで、この小説が独特のデフォルメで描き出す領域は驚くほど広い。とりわけ、使い古され、故障したロボットたちが廃棄されている「浮浪ロボ(ロホボ)・ジャングル」の描写には、異様なリアリティがあって、まるで貧民街を描いた社会主義小説を読んでいるような気分になる。
そう考えると、スラデックのこの奇想小説に最も近いのは、スウィフトの『ガリバー旅行記』ではないかと思えてくる。スラデックがしばしば諷刺作家だと呼ばれる所以(ゆえん)である。そしてその冷徹な諷刺の矛先は、わたしたち人間に向けられている。ここに登場する人間たちは、実際のところ、ロボットによく似た存在であり、なかには人体のパーツを取り替えていくうちにロボット同然になった者までいる。人間がモラルという名のアラート装置を備えているはずなのに、戦争という名の殺し合いをするのは、言ってみれば「アシモフ回路」が解除されているせいではないのか。犯罪者でも大統領になれることを知った現在のわたしたちにとって、この小説はゲラゲラ笑うだけではすまされない。