読書日記
フィリップ・プルマン『琥珀の望遠鏡』(新潮社)、マイケル・ムアコック『グローリアーナ』(東京創元社)、リチャード・マシスン『ある日どこかで』(東京創元社)ほか
『琥珀の望遠鏡』でついに完結。《ライラの冒険》三部作を読め!
ハリポタ&指輪物語の相乗効果で児童文学系の翻訳ファンタジーがめちゃめちゃ売れてるらしく、新刊も洪水状態。その中でもSF読者にイチ押しの傑作、フィリップ・プルマン《ライラの冒険》三部作が、『琥珀の望遠鏡』(大久保寛訳/新潮社)★★★★でついに完結した。本来なら五つ星で大推薦したいところだが、風呂敷を広げすぎたツケか、この巻に限っては本来ののびやかさを欠き、やや窮屈な印象。『黄金の羅針盤』『神秘の短剣』と来て最高度に高まった期待は満たされず、むしろ作者の都合が優先された感じ。つまりこれは《ハイペリオン》四部作における『エンディミオンの覚醒』みたいなもんですか。実際、最後はまるで『覚醒』そっくりのオチがつくし、プルマンはダン・シモンズを意識してるね(断言)。前巻の書評では、「現代版『ナルニア国物語』として読むのが王道か」と書いたけど、SF読者はファンタジー版『ハイペリオン』として読むのが正解です。というか、キリスト教的なヴィジョンを否定するのが目的なら、最初からSFで書けばよかったのに。……と、文句ばかり並べたが、作品の質が落ちてるわけじゃないのでくれぐれも誤解なきよう。最後の最後で着地にやや失敗した(←私見)としても、すべてのSF/FT読者必読の三部作であることに変わりはない。ハリポタの現代的な軽さに満足できない人はぜひ。
しかし、降って湧いたようなこのファンタジー・ブームの威力をいちばん実感したのは、老舗レーベルから、世界幻想文学大賞(ワールド・ファンタジー・アウォード)受賞作が四冊もたてつづけに出版されたこと。一九七
五年創設のこの賞は、第1回のマキリップ『妖女サイベルの呼び声』以来、ライバー『闇の聖母』、ジュースキント『香水』、グリムウッド『リプレイ』、マキャモン『少年時代』、シャイナー『グリンプス』など、バラエティ豊かな作品に授賞してきたことで知られる。
その歴代受賞作の中でも超有名な〝幻の名作〟二篇が創元推理文庫から連続刊行。七九年度受賞作のマイケル・ムアコック『グローリアーナ』(大瀧啓裕訳)★★★★は、もうひとりのエリザベス一世、グローリアーナが支配する幻想の一六世紀英国を舞台にした宮廷陰謀劇。一種の改変歴史物というか、ムアコック宇宙における歴史小説の趣き。影の主役は、大法官配下の秘密工作員でありながら「芸術家」を自称する謎の男、キャプテン・クワイア。ムアコック読者なら、この人物をエターナル・チャンピオンに見立てて読むのも一興だが、一部の用語と設定を別にすればファンタジー色はほぼゼロ。むしろ権謀術数渦巻く絢爛豪華な戦国ピカレスクロマンとして、ファンタジー嫌いの時代小説読者にも推薦したい。
七六年度受賞作のリチャード・マシスン『ある日どこかで』(尾之上浩司訳)★★★☆は、タイムトラベルラブロマンスの佳品として有名な同名映画(’80)の原作。偶然見つけた一枚の古い女優ポートレートに惚れ込み、意志の力だけでその時代(一八九六年)に時間旅行しちゃう男の話。フィニイ『ふりだしに戻る』の系列で、これにハマる人がいるのも理解できるけど、小説で読むといくらなんでもストレート過ぎる気が。いまどき珍しい古風な純愛小説として価値があるんだろうけど、肝心のヒロインがあんまり魅力的に見えないからなあ。
対するハヤカワ文庫FTからは、新しめの受賞作が二作。八五年の受賞作、バリー・ヒューガート『鳥姫伝(ちょうきでん)』(和爾桃子訳)★★★★は、李高老師(リーカオせんせい)と十牛(じゅうぎゅう)少年の凸凹コンビが活躍する異色の中華幻想譚。もろにRPG的な探求譚(クエスト)でありながら、大陸的に誇張された挿話や人物のおかげで非常にユニークかつ個性的なファンタジーに仕上がっている。猛女・皇祖娘子(こうそじょうし)の尻に敷かれる候恐妻(ほうきょうさい)とか、不美人の人妻でありながらあらゆる男を籠絡する魅力を持つ田舎妓の蓮雲とか、質屋の方(ファン)とうじ虫馬(マー)の強欲コンビとか、キャラも抜群。使い捨てかと思っていたネタがことごとく拾われて壮大な広がりを見せる大団円は圧巻だ。冒頭やや読みづらいが、うるさがたのFT愛好者からライトノベル読者にまで、広く推薦しておきたい。
なんじゃこりゃと驚いたのは、〇〇年の受賞作、マーティン・スコット『魔術探偵スラクサス』(内田昌之訳)★★★。エルフやオークが同居する典型的なファンタジー世界を舞台にした私立探偵小説で、たしかによくできてるんだけど、これって(主人公がネロ・ウルフ体型のおっさんだというのを別にすれば)まるっきりライトノベルじゃん! 《マジカルランド》系のライトなユーモアファンタジーが、ブレイロックやエリクソンやビーグルの新作と張り合って幻想文学大賞を勝ちとったとは……。いったいどういう風の吹き回しでしょうか。謎。
以下、通常の新刊に移る。キム・ニューマン『ドラキュラ崩御』(梶元靖子訳/創元推理文庫)★★★☆は『紀元』『戦記』に続く第三弾。今回の舞台はドラキュラ成婚を間近に控えた一九五九年のローマ。吸血鬼の長命者(エ ルダー)ばかりを狙う連続殺人鬼が跳梁し、ついには串刺し公その人も……。おなじみのシリーズキャラに加えて、ジェームズならぬヘイミッシュ・ボンドやトム・リプリー(『太陽がいっぱい』より)も登場。脚本家に転身したポオがシナリオを書いた実写の「アルゴ探検隊」がフリッツ・ラング監督、オーソン・ウェルズ主演で撮影中──なんてネタは爆笑だけど、好きなものばかり集めすぎた結果、全体像がちぐはぐになってますよ。「フェリーニのローマ」というより「アルジェントのローマ」で、ストーリーテリングの欠如と妙な非現実感までアルジェント的なのはどうか。「あのハーバート・ウェストってどう見てもジェフリー・コムズだよね」とか、細部を楽しむには申し分ないが、小説的な出来は前二巻に及ばない。これから読む人は『ドラキュラ紀元』からどうぞ。
ジャンルSF方面の今月イチ押しは、ディック賞連続受賞の『ソフトウェア』『ウェットウェア』につづく待望のシリーズ第三弾、ルーディ・ラッカー『フリーウェア』(大森望訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★──と大々的にプッシュしたいところだが、自分の訳書なので詳述は避ける。ウェブ上にファンページをつくったのでそっちを見てね。
ブライアン・ステイブルフォード『ホームズと不死の創造者』(嶋田洋一訳/ハヤカワ文庫SF)★★は、シャーロット・ホームズと上司のワトスンが登場するものの、ホームズもののパスティーシュでは全然なくて、ナノテクと長寿で変貌した未来社会を背景にしたSFミステリ。ベアの『女王天使』路線をふつうにした感じで、そのぶん読みやすいんだけど、前作『地を継ぐ者』同様、いかにも凡庸かつ鈍重。殺害手段は派手で美しいのにもったいない。
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