書評

ティモシー・アーチャーの転生 (東京創元社)

  • 2017/08/05
ティモシー・アーチャーの転生 (創元SF文庫) / フィリップ・K. ディック
ティモシー・アーチャーの転生 (創元SF文庫)
  • 著者:フィリップ・K. ディック
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(394ページ)
  • ISBN:4488696147

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

ディックを読みながら

フィリップ・K・ディックの『ティモシー・アーチャーの転生』(大瀧啓裕訳、創元SF文庫)を読んだ。というか、ひさしぶりに読み返した。

実をいうと、ちょっと不安だったのだ。もうディックなんか面白くないんじゃないかと。そんなことはなかった、すっげえ面白い。昔読んだ時には感じなかったこと思わなかったことを、感じそして思う。前より面白いかもしれない。それはそれでちょっと不安な気持ちになるのだが。

この『転生』は、ディックの作品の中で数少ない非SF作品ということになっている。でも、これはやっぱりSFだ。ディックは「SFは、ほんとうにSFであるためには別にSFの形式をとらなくてもかまわない」ということを証明してみせたのだ。

内省にかかわる問題は、おわりがないということだ。『夏の夜の夢』のボトムの夢のように底がない。わたしはカリフォルニア大学の英文科に席を置いたことで、比喩をつくりあげ、もてあそび、ごたまぜにして、口にすることを学びとっていた。わたしは必要以上に教育された、小生意気な比喩狂いなのだ。わたしはあまりにも考えすぎ、あまりにも読みすぎ、愛する人のことであまりにも心配しすぎる。わたしの愛した人たちが死にはじめていた。もう多くはのこっていない。ほとんどの人が死んでしまった

『そしてロックは不明であると思っている』これが、このいいまわしがわたしを感動させた。わたしはそれを探す。わたしはいい散文のスタイルだとみなされるはずの、気のきいたいいまわしにひかれる。

わたしはプロの学生だ。これからもそうありつづけるだろう。わたしが変化することはないだろう。変化する機会がさしだされたが、わたしはそれを退けた。わたしはいま立ち往生していて、知ってはいるが、何もわかってはいない

『転生』はジョン・レノンが射殺された日からはじまり、主人公は夫や義理の父や義理の父の愛人のそれぞれの死について考える。そして、最後に義理の父ティモシー・アーチャーが亡くなった愛人の息子の中に「転生」する。登場人物たちは、概ね精神を病んでいる。精神病である。あるいは精神病的である。それから、たくさんの引用をする。議論をする。死と存在の意義について悩む。そして死ぬ。

ぼくもよく知っているある時代の雰囲気が濃厚に描かれている。以前読んだ時、ぼくはそう思った、もちろん、それは正しい。しかし、いま読み返すと、違う感想が付け加わる。その一つは、登場人物たちの述懐が、彼らの個人的な意見というより、時代そのものの述懐に見えるということである。もう一つは、やはり登場人物たちの述懐が、彼らの個人的意見というより、SFの、いや現代芸術のある分野そのものの述懐に見えるということである。それはやはり驚くべきことではないか。作者が登場人物の口を通じて、個人的苦痛とメッセージを伝える。それならわかる。しかし、ディックを読んでいると、彼の登場人物たちは、ある時代もしくはSFの(あるいは現代小説の、あるいは現代芸術そのものの)苦痛とメッセージのように思えてくる。

ぼくはひどく困惑した。ディックの小説にではない。その登場人物の口から語られるメッセージがそのまま「いまの時代」や「いまの文学」であるような作品をいま見つけることができないことにである。

【新版】
ティモシー・アーチャーの転生〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) / フィリップ・K・ディック
ティモシー・アーチャーの転生〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)
  • 著者:フィリップ・K・ディック
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(416ページ)
  • 発売日:2015-11-20
  • ISBN:4150120404

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【この書評が収録されている書籍】
退屈な読書 / 高橋 源一郎
退屈な読書
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • ASIN: 4022573759

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ティモシー・アーチャーの転生 (創元SF文庫) / フィリップ・K. ディック
ティモシー・アーチャーの転生 (創元SF文庫)
  • 著者:フィリップ・K. ディック
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(394ページ)
  • ISBN:4488696147

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初出メディア

週刊朝日

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