対談・鼎談

『星亨』有泉貞夫|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2017/07/31
星亨 (1983年) (朝日評伝選〈27〉) / 有泉 貞夫
星亨 (1983年) (朝日評伝選〈27〉)
  • 著者:有泉 貞夫
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:-(343ページ)
  • ASIN: B000J7G43Q

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山崎 これは星亨の評伝です。わが国の議会政治誕生の歴史をもっとも灰汁(あく)の強い形で代表した人物、ある意味では、現代にまで繋がる政党政治の型が、その一生によって決まったといってもいい人物です。

ご承知のように、星は極端な立志伝中の人物でして、実の姉は娼婦に売られ、自分は差掛小屋で育っています。生みの父親は行方不明になり、養父になった男は道端で占いをしたり、怪しげな医術を生業(なりわい)としていた。星はそういう境遇から身を起して国会の議長になり、東京市の実力者になっていく。が、その途中では、政治倫理の問題を指弾され、一度は国会から除名されてしまう。筆者の有泉さんによれば「これほど毀誉褒貶が渦を巻いた人物は、ほかには最近の一例を見るのみである」ということですが、(笑)「最近の一例」より、はるかに浮沈の大きい人生を送った政治家でしょう。

自由民権という理想を一応は貫きながら、その中で、ベンサムの功利主義を信じる現実的政治家でした。結局、彼が何をやったかというと、当時のいわゆる民党を、伊藤、山県の藩閥政府に結びつけることによって、条約改正という、近代日本の一大課題を成功に導いたということです。

貧窮のどん底から這い上がってきた強さだと思いますが、板垣などと違って、“鉄火場”に強い政治家でした。時には、自分が弁護士として稼いだ金を一文無しになるまで政治運動に注ぎ込む無欲さもあります。かと思うと、藩閥政府と自由党を結びつける策略として、同じ民党である大隈の改進党を闇雲に攻撃する。攻撃した勢いで自由党員を団結させ、思う方向にもっていくというマキャベリストの一面もあります。

そういう過程で、彼はしばしば汚職を疑われ、最後には暗殺されてしまいます。

この星亨の素顔を、有泉さんは、得難い原資料にあたり、非常に正確に、多面的な一人の人間として書いておられると、私は好印象をうけました。

丸谷 いい題材をつかまえたんですねえ。調べもよく行き届いていて、力作です。

ことにいいのは、明治政治史を書く歴史家、特に自由党史を書く人は、非常にロマンチックになりがちで、興奮するには具合がいいけれど、歴史そのものを知るためには役に立たない本を書く傾向がある。ところが、この本の場合は、たとえば秩父困民党の扱い方にしても、もし彼らの考え方が成功していれば日本は破産していた、ということをはっきり書いて、しかもその上でなお、秩父困民党事件の意義を見のがさずにプラスの面も論じている。これは歴史家として非常に好ましい態度だと思いました。

山崎 まさにそのとおりですね。秩父困民党を蜂起に追いこんだ、いわゆる松方デフレ政策は、農民たちを苦しめる面もあったけれども、それは当時において最も合理的な選択であった。もしそれをやっていなければ、日本はもっと悲惨な破産に立ち至っただろう、ということを認める一方で、もしこの民権運動がなカったら、明治国家の憲法と議会は、外見的なものに止まった。民権運動はそれに魂をいれる役割を果したので、役割をおえた以上、運動自体は立ち消えにならざるをえなかった、と有泉さんはいうわけです。大変バランスのとれた見方だと思います。他方では、たとえば板垣退助がいかに現実に弱く、右顧左眄(うこさべん)する人物だったかといったことなどが、生き生きと描かれています。

丸谷 名せりふ一つで持ってるんだね、板垣って人は。(笑)

木村 星が現実主義的な辣腕政治家であると同時に、学者的センスをもった読書家だったというのが意外でした。英国留学中も日本人とはつきあわないで、もっぱら本を読む、駐米公使時代も山に籠って勉強している。政治家といえば、やたらみんなと酒飲んで「やアやア」と握手してるのが多いんですが、(笑)彼はそうじゃない。

山崎 星亨と「最近の一例」を比較したとき、一つの大きな違いがあります。星は貧しい出身ですが、当時の日本人としては最高の教育をうけた知性派だったという点です。ロンドンの法学教育の中心だったミドル・テンプルを立派な成績で卒業してますし、語学は英・仏・伊にわたってできたようです。とくに駐米公使時代に日本人論"On Japan's Progress"を書くんですが、これは驚嘆すべき内容の本です。

たとえば、日本の政治は天皇と幕府との二元的な力によって支えられ、権威と権力が分割されていた、という考えは、戦後もかなり遅くなってから一般に受けいれられたものですが、それを早くも明治二十年代終りに考えていた。

木村 あれは美事ですね。

日本の真の野心は領土拡張ではなく、enterprise and industry によって東洋の交易の中心となり、東西世界を相互利益の紐帯で結びつけることだ

と、彼は述べている。これはいま通産省がやっていることですね。(笑)

山崎 初期の日本紹介の本として、新渡戸稲造の「武士道」、岡倉天心の「茶の本」、馬場辰猪の「日本語文典」などが有名ですが、それらより包括的で、西洋人を納得させる合理性がありますね。明治の日本人が書いた日本人論のうちで、白眉中の白眉だと思います。

丸谷 あれにはぼくも大変感心しました。しかし問題はそれからなんですが、どうも理想主義的な初期の星と、後年の星との間に、断層があるんじゃないかと思うんです。それは何に由来するのか、ですね。明治二十二年、四十歳で欧米旅行をした星がマルセイユで、弟子にこう語っていますね。

凡ソ国モ一個人ト同ジ事デ、可モナク不可モナク只無事二存在スルダケニテハ一向其甲斐ナキノミナラズ、他国ノ畏敬ヲ博取スルニ非ザレバ商売モ繁昌セヌ、他国ノ畏敬ヲ博取センニハ戦争モ辞ス可キ処ニアラズ、是租税ヲ増徴シ軍備ヲ拡張ス可キ所以デアル

この洋行中、彼の心にある転換が起って、帰国後、マキャベリストとしての大活躍が始まったという感じが、ぼくはするんですが、この大事な転換点を有泉さんはあまり掘り下げてない。それは実証的な証拠がないせいでもあるらしいんですが、あまり実証性に遠慮しすぎると、歴史を書くうえで大事なことを落してしまうんじゃないか。そこが、この本の弱点のような気がしました。

(次ページに続く)
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