コラム

Web版史料纂集 古記録編 第3期 室町・戦国④~⑦

  • 2025/02/27
『Web版史料纂集』は、オンライン辞書・事典サイト「ジャパンナレッジ」の電子書籍プラットフォームJKBooksにて配信中の史料データベースです。2023年に第1期、2024年に第2期、そして2025年1月に第3期が配信されました。学術向けのデータベースをどのようにエンターテインメントに活用できるのか、歴史ドラマの古文書考証担当者が紹介します。

古文書考証のためのデータベース活用術

古文書考証とは

歴史ドラマを制作する際には、時代考証というものが存在する場合があります。その歴史ドラマのなかのすべてが舞台とする時代にマッチしているかどうかをチェックするのが時代考証ですが、近年は古文書考証という、文章や文字に特化する考証が行われ、それを画面で表現するようになりました。

現在でもしゃべり言葉・書き言葉という区別がありますが、手紙等に書かれているものは当然ながら書き言葉です。古文書考証では、主に歴史上の書き言葉を理解したうえで、時代によってどのような表現がなされていたかといったことを考慮し、それを文字に表して映像に反映させなければなりません。


「自害」か「切腹」か

例えば時代劇などで、誰それが自殺したという意味で「自害した」という言葉を使用します。この「自害」という言葉を聞くと、現代人である私たちは、「切腹」=腹を切るということを想起するかと思います。
しかし、中世の武家の文書(もんじょ)、すなわち手紙や記録の類いでは、ほとんど「切腹」という言葉は出てきません。実際には「生害(しょうがい)」、もしくは「相果(あいはて)」という言葉が使われていました。
では、「切腹」という言葉は中世にはなかったのでしょうか?

歴史上の言葉の意味だけではなく、言葉がいつ、どのように使われていたかのサンプルを短時間で収集するのにも便利なのが、史料集のデータベース『Web版史料纂集』です。2025年2月現在で『Web版史料纂集』には平安時代から戦国時代までの古記録(日記)史料、「史料纂集」シリーズとしては165冊が収録されていますので、中世の記録に「切腹」という言葉が使われたかどうかを調べるのには十分といえます。

さて、『Web版史料纂集』を使って「切腹」を全文検索してみますと、本文として90件の検索結果が出ました。「切腹」は、中世でも日記類などの史料では使われていたのです。
つまり、中世では「切腹」という表現は言葉としてはありながらも、文書ではあまり使用されなかったということになります。

この結果を、どのように歴史ドラマに反映するかが古文書考証の役割です。
歴史ドラマを視聴する現代人にとって、「自害」や「切腹」という言葉は、その時々の情況をすぐにイメージさせる文言で、とてもわかりやすいことは間違いありません。とはいうものの、中世の言葉としてこれらのコトバは存在しますが、文書のなかではあまり使われない。となると、仮に視聴者が画面に映った「生害」「相果」という文言を見た際に、それが切腹をしたのか自害したのか、ということを瞬時に理解していただけるかとなると、やはり難しい。

このような検討を経て、歴史ドラマに出てくる文書では、見た目ですぐわかるという点を重視して「自害」「切腹」の文言がよく使われているのだということを、知っていただければと思います。


見た目でわかる発給者・受給者の関係

ところで、中世は礼というものを重視していた時代でした。礼とは「社会の秩序を保ち、人間相互の交際を全うするための礼儀作法・制度・儀式・文物など」(日本国語大辞典)のことをいい、これは信長・秀吉・家康という中世最末期の人々も「礼」に縛られていました。この「礼」は身分差が表れる規則のようなもので、文字の世界にも存在しており、その文字に対する礼というものは「書札礼(しょさつれい)」と呼ばれています。

その「書札礼」の一つに「封式(ふうしき)」があります。「封式」というのは、「文書・箱・袋などの閉じ方、ふさぎ方」のことで、要するにどのような形で文書が送付され、それが現代まで留まっていたのかというものです。「折封(おりふう)」「切封(きりふう)」「捻封(ひねりふう)」「結封(むすびふう)」などの種類があります。

「折封」は多くの戦国大名が使用していたもので、残存量も非常に多いといわれています。ただ、「折封」は中を覗きやすい形であるため、より他見を許しにくくするために「切封」や「捻封」といった封式が用いられました。
中世の文書を扱う場合には、この「封式」の形をみると、相手の立場もわかるということがあります。すると、歴史ドラマでもその点を考慮しなければなりません。

それでは、「封式」について考えるために『Web版史料纂集』を活用してみます。
ただし、現在の『Web版史料纂集』に収録されている史料の筆記者の多くは当時の貴族であるため、必然的に史料中に出てくるのもやはり貴族社会の人物が多くなっています。データベースを利用する際は、収録史料の時代性や、階層というようなものに縛られる場合があることを念頭においておく必要があります。

こうした注意点を踏まえて、今回は『Web版史料纂集』のなかでも『実隆公記(さねたかこうき)』という、紙の書籍で全20巻(索引含む)というまとまった分量のある史料で検索をかけてみました。本書は、戦国時代の前期における当代きっての文化人とされた三条西実隆(さんじょうにし・さねたか)の日記で、東京大学史料編纂所が原本を所有しています。本史料は、もともと実隆宛に書状=手紙等が届けられたものの、当時は紙が貴重であったため、その裏面を彼が日記として使用し、その状態のまま現代に遺されたものです。そのため、日記に用いられる紙の裏=紙背(しはい)の文書は、戦国時代に実隆宛として発給された文書であることが明らかです。それを調べてみたところ、非常に興味深いことがわかりました。

まず、戦国大名が多用した「折封」は、貴族の日記である『実隆公記』には1件も検索されないということがわかりました。三条西家の当主である実隆は、後に内大臣となるほど家格が高い人物ですから、その人物に宛てて手紙を出す際には「折封」の使用が身分的に憚られた可能性が考えられます。
一方、「切封」という文字は1,117件ヒットしました。しかも、「切封」の多くには「切封ウハ書(きりふううわがき)」「切封端裏ウハ書(きりふうはしうらうわがき)」等々の文言があります。この「ウハ書=上書(うわがき)」というのは、何らかの文字が記載されていることを示しています。
以上の検索結果を吟味してみますと、どうやら「切封」には「上書」、すなわち何らかの文字が書かれるのが一般的で、何も書かれないのは逆に不自然なようだ、ということがわかりました。

また、「切封」と「捻封」ではどちらがより上位の「封式」かということを調べるため、両者の検索結果を比較したところ、先述したように「切封」が1,117件なのに対し、「捻封」は1,066件と、それほど大きな差がないこともわかりました。
この結果をさらに人名や階層で整理して分類することで、「封式」についての基盤となる研究成果とすることもできるかもしれません。もちろん、歴史ドラマで中世の貴族の書状を用意する場合にも活かせるでしょう。

なお、「切封ウハ書」や「切封端裏ウハ書」の検索結果のほとんどは原史料に含まれる文字ではなく、活字化されたテキストの傍注として付されている情報です。今回『Web版史料纂集』で「切封」を検索して得られた結果は、現代の研究者によって翻刻・校訂された史料テキストのデータベースならではの内容といえます。


ドラマへの没入感と歴史研究とのせめぎ合い

基本的に、ドラマの制作スタッフは目に映って興味深いものを映像に使おうとします。しかし考証担当は、研究を踏まえた上で映像に使用するか否かを検討します。そのため考証担当は、画面に登場させる文書に類似した史料の文言を、最低でも一回は確実に確認していきます。そうでなければ、当時の文書にどういうものが書かれていたかをドラマに反映することはできません。
とはいえ、該当シーンにふさわしい文書が都合良く見つかることはほとんどありません。そのため似たような表現を検索することになりますが、そういった傾向を知ろうという場合にも『Web版史料纂集』は至便と言って良いと思います。このデータベースでキーワード検索をすることで、サンプルの入手が非常に早くなり、そのサンプルを片手に、今度は史料の所蔵機関のデジタルアーカイブや図録などから写真を入手し、情報をさらに広げていくことができるようになりました。

今後、『Web版史料纂集』は第4期古文書編(2026年リリース予定)が新たに搭載される予定となっています。検索範囲が広がることで、もっといろいろな研究の参考として使われることになるのではないかという期待をもっております。

最後になりますが、古文書考証という立場は、歴史ドラマへの没入感を意識していかなければならないという、ドラマ制作側の発想から生まれたものであると私は理解しております。
4K放送の高精細な画面から目に入ってくる文字が、歴史への興味関心を視聴者に訴えることは間違いないと思います。その一方で、目に映る情報として視聴者に非常に強い印象を与えてしまうこともありえますので、ドラマへの没入感と歴史研究とのせめぎ合いをしながらの考証作業になります。
特にくずし字は非常にわかりにくいものですが、視聴者の側も、すでに活字化されている「史料纂集」などと画面の中の文書を照らし合わせながら理解を深めていくことができれば、歴史ドラマに出てくる文書や文字にもさらなる興味をもっていただけるのではないかと思っております。

*『Web版史料纂集』は図書館・法人向けのサービスです。

〔参考記事〕
Web版史料纂集・群書類従 お役立ちコンテンツ(八木書店出版部のページ)
https://company.books-yagi.co.jp/archives/news/9232

[書き手]
大石 泰史(おおいし やすし)
1965年生、戦国大名今川氏を中心に、東海地域の戦国時代の研究を継続的に行う。
静岡県史(中世)執筆員、勝浦市史編さん委員等の委嘱を受け、
・平成29年(2017)大河ドラマ「おんな城主 直虎」(NHK)時代考証担当
・令和2年(2020)静岡市文化財保護審議会委員、大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK)古文書考証担当
・令和4年(2022)静岡市歴史博物館運営協議会委員
・令和5年(2023)大河ドラマ「どうする家康」(NHK)古文書考証担当
・令和7年(2025)大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(NHK)古文書考証担当
現在大石プランニング主宰
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