書評

『現場主義の競争戦略: 次代への日本産業論』(新潮社)

  • 2017/09/16
現場主義の競争戦略: 次代への日本産業論  / 藤本 隆宏
現場主義の競争戦略: 次代への日本産業論
  • 著者:藤本 隆宏
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(221ページ)
  • 発売日:2013-12-14
  • ISBN-10:4106105497
  • ISBN-13:978-4106105494
内容紹介:
本社よ、覚醒せよ――。現場発のビジネスモデル。

ものづくり日本の活路 骨太でぶれない主張を凝縮

円高、高い法人税率、自由貿易協定の遅れ、労働規制、環境規制、電力のコストとリスク。少し前まで喧伝されていた「六重苦」である。もともと土地も人件費も高い日本。輸出型の製造業企業にとってはこれ以上ないほどの逆境だ。

どうするか。ごく合理的な戦略的選択として、新興国に生産拠点を移転する手がある。こうした戦略思考を「ポジショニング」(位置取り)という。企業の外部に広がる競争環境におけるスマートな位置取りが高い業績をもたらすという発想だ。

これに対して、もうーつの戦略思考が、環境が逆風であっても、慌ず騒がず不断に現場の生産性に磨きをかけるという「能力構築」である。著者は一貫して能力構築に軸足を置く当代随一の実証経営学者である。現場に対する観察の量と洞察の質が尋常一様ではない。

ポジショニングの戦略は至極合理的に見える。しかし、時間軸での変化を十分に捉えきれないという決定的な弱点がある。かつての中国は低賃金を武器に「世界の工場」を謳歌してきたが、5年で賃金は倍以上になり、そう言っても言っていられなくなった。六重苦にしても、円安に転じて以降はあまり耳にしなくなった。

もちろん近い将来に再度円高となる可能性もある。要するに、競争環境は常に変化する。だから、環境変化に一喜一憂し、短期の損得勘定にとらわれると、せっかくの競争力の芽を摘むことになる。粛々と現場の能力構築に取り組んだ方が理にかなうという場合も多い。為替が5倍の幅で変化することは滅多にない。しかし、現場の労働生産性が5年で5倍になるのはそうまれではない。例えばトヨタ自動車。超円高のさなかでも能力構築を諦めなかった。負わされたハンデがかえって能力構築を後押しし、逆風が止むとたちまち業績が吹き上がるという成り行きだ。

もとより著者は「ものづくり国粋主義者」ではない。何を輸入し何を輸出すべきかという比較優位論に忠実に議論している。お客の機能要求や社会の課す制約条件が厳しい分野であれば、軽々に現場を切り捨てず、腰の据わった能力構築で勝負すべし、というのが著者のメッセージだ。

評者は著者の本をすべて読んできた。『日本のもの造り哲学』など名著は数々あるが、議論が広範で主張が非常に濃いため、どれもかなり分厚い。「藤本初心者」は著者の骨太でぶれない主張を凝縮した本書から入るのが正しい。藤本ファンのみならず、豊かな現場を持つ日本に生きる企業人必読の快作である。
現場主義の競争戦略: 次代への日本産業論  / 藤本 隆宏
現場主義の競争戦略: 次代への日本産業論
  • 著者:藤本 隆宏
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(221ページ)
  • 発売日:2013-12-14
  • ISBN-10:4106105497
  • ISBN-13:978-4106105494
内容紹介:
本社よ、覚醒せよ――。現場発のビジネスモデル。

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初出メディア

週刊エコノミスト

週刊エコノミスト 2014年3月18日

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