書評
『爆心』(文藝春秋)
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
◎「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
日本において、何が純文学で、何がエンターテインメントか。その判断の基準を問われた場合、これまでのわたしは「腑に落ちない(落とさない)」のが前者で、「腑に落ちる(落とす)」
のが後者だと答えてきました。つまり、読者の反応を予測して、その反応に見合う(共感が得られる)結末か、もしくは反応を裏切る(どんでん返しなどで驚かせる)結末を用意して多くの読者の興味を引く、いい意味でも悪しき意味でも読者の俗情を気にする小説をエンタメと判断し、いい意味でも悪しき意味でも読者の俗情を考慮しない小説を純文学と見なしてきたのです。ところが、ここ十年の間に、そんな単純な基準では両者の判別がつかなくなってしまった。
で、肝心の『爆心』はというと、オデ基準で読んだ場合、なんかもう断然エンタメなんですよ。たとえば、妻の不貞を疑い、挙げ句殺してしまった息子を持つ老夫婦が、息子がこもっていた離れの家であるものを発見して戦懐する「釘」。たとえば、知的障害者の中年男が、女性スキャンダルで失脚した幼なじみの国会議員に会う「石」。たとえば、打算で良家に嫁いだ女性が二十五歳下のイケメンを誘惑する「蜜」。たとえば、幼い娘を失ってから精神を失調させ、真夜中に海がやってくるという妄想にとらわれている男と、毎朝ゴミ捨て場を掃除している老人の交流を描いた「貝」。六篇中四篇が、魅力的な“腑に落ちる”展開を見せるのです。フツーに面白く読めてしまうんです。
わたしはここで、エンタメ的だから、純文学としてダメだということが言いたいんじゃありません。二十一世紀の日本の小説は、もはや古臭い基準でジャンル分けできるものではなくなったということを伝えたいのです。これからは、実験小説とそれ以外の小説という分け方のほうが実際的なのかもしれません。とすれば、今後は各文学賞もジャンルの壁を壊していく方向に向かわなくちゃウソでありましょう。そんなことを、この短篇集は考えさせてくれたんであります。
【この書評が収録されている書籍】
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
◎「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
これって純文学? それともエンターテインメント?
青来有一の『爆心』を前に、とまどっているわたしがいます。谷崎潤一郎賞と伊藤整賞をW受賞したほどの作品なのだからと、遅ればせながら手に取ってみたのですが、読んでいる間ずっと「これ、純文学なの?」という疑問点が頭の中に点滅しっぱなしだったんです。帯にもあるように、これは〈被爆地で生きる人々の原体験とその後の日常を描く〉長崎を舞台にした連作短篇集なのですが、しかし、これを芥川賞作家「青来有一」という名を隠して読んだとして、わたしが果たして純文学と認識したかといえば……。日本において、何が純文学で、何がエンターテインメントか。その判断の基準を問われた場合、これまでのわたしは「腑に落ちない(落とさない)」のが前者で、「腑に落ちる(落とす)」
のが後者だと答えてきました。つまり、読者の反応を予測して、その反応に見合う(共感が得られる)結末か、もしくは反応を裏切る(どんでん返しなどで驚かせる)結末を用意して多くの読者の興味を引く、いい意味でも悪しき意味でも読者の俗情を気にする小説をエンタメと判断し、いい意味でも悪しき意味でも読者の俗情を考慮しない小説を純文学と見なしてきたのです。ところが、ここ十年の間に、そんな単純な基準では両者の判別がつかなくなってしまった。
で、肝心の『爆心』はというと、オデ基準で読んだ場合、なんかもう断然エンタメなんですよ。たとえば、妻の不貞を疑い、挙げ句殺してしまった息子を持つ老夫婦が、息子がこもっていた離れの家であるものを発見して戦懐する「釘」。たとえば、知的障害者の中年男が、女性スキャンダルで失脚した幼なじみの国会議員に会う「石」。たとえば、打算で良家に嫁いだ女性が二十五歳下のイケメンを誘惑する「蜜」。たとえば、幼い娘を失ってから精神を失調させ、真夜中に海がやってくるという妄想にとらわれている男と、毎朝ゴミ捨て場を掃除している老人の交流を描いた「貝」。六篇中四篇が、魅力的な“腑に落ちる”展開を見せるのです。フツーに面白く読めてしまうんです。
わたしはここで、エンタメ的だから、純文学としてダメだということが言いたいんじゃありません。二十一世紀の日本の小説は、もはや古臭い基準でジャンル分けできるものではなくなったということを伝えたいのです。これからは、実験小説とそれ以外の小説という分け方のほうが実際的なのかもしれません。とすれば、今後は各文学賞もジャンルの壁を壊していく方向に向かわなくちゃウソでありましょう。そんなことを、この短篇集は考えさせてくれたんであります。
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