書評
『快適生活研究』(朝日新聞社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
親が少々の財産を遺してくれたおかげで働きもせず、暇にあかせてうんざりするほど長い手紙を書くアキコの場合、もうどこを紹介してよいのやら、手紙全体に蜘蛛の巣のように失礼な言葉が張り巡らされており引用不可能な域に達しています。手紙の相手は、アルツハイマーの夫と借金癖のある息子を抱えながら働いている幼なじみ。一見心配しているかに読める文面のそこここに優越感や自慢話をちりばめ、最終的にいやぁーな気持ちにさせておきながら〈手紙だったら、読みかえせるし、何日もかけて書くのですから、自分の書いたことに対して冷静になれますから、あなたをカチンとさせるようなことはないと思うの〉と自己完結する手前勝手ぶりはもはや天才的です。
かたや建築家Eはといえば、自己愛の塊。どれほど文化的で趣味が良い建築美学を持っているかを語り、世界で起きている問題に一家言持つ自分に酔い、大人の男の魅力を備えながらも、妻からは〈そういうところがEちゃんの大人になれない部分ね、自分の中の”少年”の部分を飼いならせないのね、と、からわられ〉る〈僕〉なんですと照れてみせる始末。こういう『マディソン郡の橋』(文春文庫)に出てくるド腐れカメラマンみたいな、心に少年飼ってます系の気色悪いオヤジって……死ねばいいのに。
そんなムカつくバカの言動を、『小春日和』(河出文庫)、『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』(朝日文庫)、『文章教室』(河出文庫)、『道化師の恋』(河出文庫)、という目白シリーズの中に登場した人物たちの目を通して、金井さんは巧みにおちょくっていきます。そして、Eが設計した〈かけがえのないガラクタのつまった「男の城」〉である地下室の書斎を水浸しにし、その書斎の主である批評家に対し、アキコが大変失礼な勘違い手紙を送りつけるという形で、この輪舞のような小説をアイロニカルに締めくくるのです。くすくす笑って読みながらも、「じゃあ、そういう自分は?」という不安にかられてしまう、面白怖い風刺小説。金井美恵子にしか書けない傑作なのです。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
金井美恵子にしか書けない、面白怖い風刺小説
無邪気なバカを俎上にのせ、鋭い批評眼と痛快至極な皮肉でみじん切りにしてくれる、胸がすくよな連作短篇集が金井美恵子の『快適生活研究』。まな板の上の鯉は、還暦を迎えて第二の人生を歩み始めた団塊の世代の男女です。一人は六十歳を過ぎて初めて結婚したアキコ。いま一人は「よゆう通信」なる個人新聞を発行し、知人に送って悦に入る建築家のE。二人とも自分の言動がどれほど相手の不興をかっているか、まったく自覚していないおめでたい人種です。親が少々の財産を遺してくれたおかげで働きもせず、暇にあかせてうんざりするほど長い手紙を書くアキコの場合、もうどこを紹介してよいのやら、手紙全体に蜘蛛の巣のように失礼な言葉が張り巡らされており引用不可能な域に達しています。手紙の相手は、アルツハイマーの夫と借金癖のある息子を抱えながら働いている幼なじみ。一見心配しているかに読める文面のそこここに優越感や自慢話をちりばめ、最終的にいやぁーな気持ちにさせておきながら〈手紙だったら、読みかえせるし、何日もかけて書くのですから、自分の書いたことに対して冷静になれますから、あなたをカチンとさせるようなことはないと思うの〉と自己完結する手前勝手ぶりはもはや天才的です。
かたや建築家Eはといえば、自己愛の塊。どれほど文化的で趣味が良い建築美学を持っているかを語り、世界で起きている問題に一家言持つ自分に酔い、大人の男の魅力を備えながらも、妻からは〈そういうところがEちゃんの大人になれない部分ね、自分の中の”少年”の部分を飼いならせないのね、と、からわられ〉る〈僕〉なんですと照れてみせる始末。こういう『マディソン郡の橋』(文春文庫)に出てくるド腐れカメラマンみたいな、心に少年飼ってます系の気色悪いオヤジって……死ねばいいのに。
そんなムカつくバカの言動を、『小春日和』(河出文庫)、『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』(朝日文庫)、『文章教室』(河出文庫)、『道化師の恋』(河出文庫)、という目白シリーズの中に登場した人物たちの目を通して、金井さんは巧みにおちょくっていきます。そして、Eが設計した〈かけがえのないガラクタのつまった「男の城」〉である地下室の書斎を水浸しにし、その書斎の主である批評家に対し、アキコが大変失礼な勘違い手紙を送りつけるという形で、この輪舞のような小説をアイロニカルに締めくくるのです。くすくす笑って読みながらも、「じゃあ、そういう自分は?」という不安にかられてしまう、面白怖い風刺小説。金井美恵子にしか書けない傑作なのです。
【この書評が収録されている書籍】
ALL REVIEWSをフォローする
































