書評
『いい子は家で』(新潮社)
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
リリー・フランキーの親孝行プレイにつられちゃってるそこらの単純素朴な青年に、わたくしは問いたいんであります。あんたのオカンは、ほんとはかなりヘンテコな代物なんじゃないのか、と。で、読んでほしいんであります、青木淳悟の短篇集『いい子は家で』を。ここに収められている表題作と「ふるさと以外のことは知らない」中に描かれている母親のうざったさこそが、リアルオカンというものなんではありますまいか。
特におすすめなのが「ふるさと――」。夫と息子には鍵を持たせず、自分が外出する際には置き鍵をし、〈そうした鍵の管理に象徴されているかのように、家庭内での生活はおおかた、母親を中心に営まれているといってよかった。あるいは母親の日常が家庭生活中心であり、その現実感が隅々にまで浸透していてそこでは支配的なのだ〉という文章に代表される、この小説の中で描かれる母と家のありようが、気味が悪いほどハイパー・リアルなんですの。
赤い革製のキーケースに鍵をつけ、これでなくす心配がないと安心する一方で、置き鍵という防犯上大変問題のある習慣についてはまったく不安を覚えない母親。スーパーで専用タンクを買って無料で飲料水が確保できるようになると〈車のガソリンを使わず、水道メーターをまわさず、ひいては金を一銭もかけずに〉自転車で水を運んでくる倹約家の母親。家族が外出するたびに玄関にやってきては身だしなみや忘れ物のチェックをし、出かける気分に水をさす母親。洗濯に異様な情熱とこだわりを見せる母親。車の助手席から夫の運転の仕方に口を出す母親。免許を取ったばかりの息子に自動車保険の契約内容を事細かに説明しながらも、ふいに口をつぐんで、息子が自分でパンフレットから知識を吸収するよううながすのが教育的配慮だと信じている母親。読みながら、幾度大きく肯いたことか。そして、そんな母親という生き物の奇妙な生態を、絶妙な距離感を保ったまま描き尽くさんとする作者の偏執的視線に、どれほど舌を巻いたことか。世間に垂れ流されているオカン賛歌本に対するアンサーソングとして、これはかなりトリッキーで痛烈な批判性を備えた小説なんであります。青木淳悟の黒さに拍手。
【この書評が収録されている書籍】
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
リアルオカンのうざったさを偏執的に描き尽くす
みんなちょっとオカンのこと美化しすぎちゃうの? あんたん家のオカン、ほんまに料理上手なん? ぬか漬け、うまいのん? ほんまはスーパーのできあいのお総菜買うてきてるんちゃうの? 醜い体でビリーズ・ブート・キャンプに入隊して五分で脱走してるんちゃうの?リリー・フランキーの親孝行プレイにつられちゃってるそこらの単純素朴な青年に、わたくしは問いたいんであります。あんたのオカンは、ほんとはかなりヘンテコな代物なんじゃないのか、と。で、読んでほしいんであります、青木淳悟の短篇集『いい子は家で』を。ここに収められている表題作と「ふるさと以外のことは知らない」中に描かれている母親のうざったさこそが、リアルオカンというものなんではありますまいか。
特におすすめなのが「ふるさと――」。夫と息子には鍵を持たせず、自分が外出する際には置き鍵をし、〈そうした鍵の管理に象徴されているかのように、家庭内での生活はおおかた、母親を中心に営まれているといってよかった。あるいは母親の日常が家庭生活中心であり、その現実感が隅々にまで浸透していてそこでは支配的なのだ〉という文章に代表される、この小説の中で描かれる母と家のありようが、気味が悪いほどハイパー・リアルなんですの。
赤い革製のキーケースに鍵をつけ、これでなくす心配がないと安心する一方で、置き鍵という防犯上大変問題のある習慣についてはまったく不安を覚えない母親。スーパーで専用タンクを買って無料で飲料水が確保できるようになると〈車のガソリンを使わず、水道メーターをまわさず、ひいては金を一銭もかけずに〉自転車で水を運んでくる倹約家の母親。家族が外出するたびに玄関にやってきては身だしなみや忘れ物のチェックをし、出かける気分に水をさす母親。洗濯に異様な情熱とこだわりを見せる母親。車の助手席から夫の運転の仕方に口を出す母親。免許を取ったばかりの息子に自動車保険の契約内容を事細かに説明しながらも、ふいに口をつぐんで、息子が自分でパンフレットから知識を吸収するよううながすのが教育的配慮だと信じている母親。読みながら、幾度大きく肯いたことか。そして、そんな母親という生き物の奇妙な生態を、絶妙な距離感を保ったまま描き尽くさんとする作者の偏執的視線に、どれほど舌を巻いたことか。世間に垂れ流されているオカン賛歌本に対するアンサーソングとして、これはかなりトリッキーで痛烈な批判性を備えた小説なんであります。青木淳悟の黒さに拍手。
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