書評
『男一代之改革』(河出書房新社)
文人・松平定信を読ませる
三島賞作家、青木淳悟の最新作は、江戸時代の寛政の改革でその名を歴史に留めている松平定信を扱う。まったく予想もしない主題だ。青木は、「読む」作家である。たとえば三島賞受賞作の『私のいない高校』では、留学生を受け入れた日本の高校の先生が書いた顛末記を下敷きにしていた。
今度の新作では、緊縮財政や風紀の厳格な取り締まりで有名な改革の実行者としての定信ではなく、源氏物語を何度も繰り返し読み、少なくない分量の源氏物語論を残した、文人としての定信を俎上にのせる。
つまり、青木は、源氏物語を読む松平定信を読んでいるのだ。
と書くと、なんだか、堅苦しい議論の本みたいに思うかもしれないが、そこは策士・青木淳悟である。松平定信と、紫式部の記述を自由に往還しながら(実に、融通無碍である)、青木の書き足す、冗談みたいな一節をも含みながら、小説に仕立てている。
惜しむらくは、源氏に焦がれる松平定信をおちょくる青木のスタンスが鮮明になっていれば、なおよかったかも。「鎌倉へのカーブ」「二〇一一年三月――ある記録」を併録。
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