書評

『真夜中の遠い彼方』(集英社)

  • 2017/07/10
真夜中の遠い彼方 / 佐々木 譲
真夜中の遠い彼方
  • 著者:佐々木 譲
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(277ページ)
  • 発売日:1987-03-00
  • ISBN-10:4087491986
  • ISBN-13:978-4087491982
内容紹介:
いまや国際都市になった新宿の片隅で20年近く続いたスナックが店を畳む事になった日に、その女はやって来た。腕から血を流し脅えながらメイリンと名のった女は、地回りの組長を撃ち追われてい… もっと読む
いまや国際都市になった新宿の片隅で20年近く続いたスナックが店を畳む事になった日に、その女はやって来た。腕から血を流し脅えながらメイリンと名のった女は、地回りの組長を撃ち追われているらしい。マスターの郷田と店に居合わせた常連の客は彼女を匿うが、ヤクザと警察の両方からの執拗な捜索にメイリンを歌舞伎町から脱出させる事にした。人々の欲望を孕んだ週末の新宿の夜は、突然の暴走族の出現を交え熱く膨らんでゆく…。
佐々木譲は数年前『鉄騎兵、跳んだ』でオール讃物新人賞を受賞し、清新なデビューを果たした作家である。最近ふえてきたコピーライター出身の一人だが、佐々木にはそうした時流に乗った人びとといっしょくたに論ずることのできない何かがある。単に時代の風潮をうまく切り取る才能があるだけか、あるいは筆を曲芸のように操る能力に恵まれただけの書き屋に比べて、佐々木は地味だけれども読む者の心に食い入る力を持っている。この作家はコピーライターにありがちな独り善がり、鼻持ちならぬ気障っぽさをそぎ落として、小説の世界にはいってきた。佐々木の属する世代は、たとえば北方謙三の属する世代とほぼ同じだが、二人が描く世界の違いはどうであろう。どちらがいいというのではなく、その懸隔の大きさに驚かされてしまうのだ。佐々木は、北方ほどスタイルに固執しようとしないだけ、作品に竹に似たたわみがあるが、見方によってはガラスのような脆さを感じさせもするだろう。

佐々木が二年前に発表した長編第一作『振り返れば地平線』は、北海道をオートバイで旅する若者たちを描いたすがすがしい作品だった。この『真夜中の遠い彼方』も、タイプは違うが同じ系列の作品といってよい。主人公は、新宿歌舞伎町のバー「カシュカシュ」の雇われマスター郷田克彦と、ベトナム難民の不法入国者メイリン。物語は、「カシュカシュ」が店仕舞いする日の夕方から真夜中までの数時間の出来事を描いたもので、どちらかといえば単純明快な筋立てだ。

やくざの親分を撃って逃げようとするメイリンと、彼女を追うやくざの仲間たち、そして犯人を探す警察。メイリンをかくまい、逃がしてやろうと知恵を巡らす郷田と店の常連。そうした人々が織りなす心理とアクションの綾が、歌舞伎町の混沌とした喧騒の中で鮮やかに浮かび上がってくる。これだけこの町の雰囲気を活写した小説も珍しい。

郷田はかつて学生運動に加わって警察官に頭を割られ、それ以来新宿から抜け出ることができずにいる中年男。メイリンは不法入国者に冷たいこの国に愛想をつかし、偽のパスポートを入手して出国しようとするボートピープル、彼女の前に立ち塞がるのは、その美貌に目をつけて売春を強要するやくざ。こうした道具立てをみると、いかにも北方謙三的世界を思い浮かべたくなるが、同じ舞台装置でもこうも違うかと感心するほど、佐々木は独自の世界を描き出してみせる。

北方作品が、ビジネスマンによく読まれているとするならば、ぜひこの佐々木作品も手に取って彼我の違いを読み比べてほしい。

佐々木の特徴は、暗い世界を描きながらもかならずそこに、救いと希望が込められていることだ。それを甘いと見る向きもあるかもしれないが、ハードボイルドでなくとも男のロマンは描けるという、格好の見本がここにある。透明感のある読みやすい文章は天性のもので、とにかく一気に読まされてしまう。佐々木は、大切なことを語るときも決して声高に語らないが、主張すべきところはきっぱりと主張する。そのあたりを読み取れば、この作品が単なるエンタテインメントに終わっていないことに、気づくはずである。

【この書評が収録されている書籍】
書物の旅  / 逢坂 剛
書物の旅
  • 著者:逢坂 剛
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(355ページ)
  • 発売日:1998-12-01
  • ISBN-10:4062639815
  • ISBN-13:978-4062639811
内容紹介:
「掘り出し物」とは、高値のつくべき古本を安く探し出すことではなく、自分一人にとって、掛けがえのない価値のある本と出会うこと。世界一の古書店街、神保町を根城とする名うての本読みが、自信をもってすすめる納得の本、本、本。作品別の索引がついた、絶対に面白い本の読み方、楽しみ方を綴る書物エッセイ。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

真夜中の遠い彼方 / 佐々木 譲
真夜中の遠い彼方
  • 著者:佐々木 譲
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(277ページ)
  • 発売日:1987-03-00
  • ISBN-10:4087491986
  • ISBN-13:978-4087491982
内容紹介:
いまや国際都市になった新宿の片隅で20年近く続いたスナックが店を畳む事になった日に、その女はやって来た。腕から血を流し脅えながらメイリンと名のった女は、地回りの組長を撃ち追われてい… もっと読む
いまや国際都市になった新宿の片隅で20年近く続いたスナックが店を畳む事になった日に、その女はやって来た。腕から血を流し脅えながらメイリンと名のった女は、地回りの組長を撃ち追われているらしい。マスターの郷田と店に居合わせた常連の客は彼女を匿うが、ヤクザと警察の両方からの執拗な捜索にメイリンを歌舞伎町から脱出させる事にした。人々の欲望を孕んだ週末の新宿の夜は、突然の暴走族の出現を交え熱く膨らんでゆく…。

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初出メディア

週刊東洋経済

週刊東洋経済 1985年1月12日

1895(明治28)年創刊の総合経済誌
マクロ経済、企業・産業物から、医療・介護・教育など身近な分野まで超深掘り。複雑な現代社会の構造を見える化し、日本経済の舵取りを担う方の判断材料を提供します。40ページ超の特集をメインに著名執筆陣による固定欄、ニュース、企業リポートなど役立つ情報が満載です。

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