書評

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)

  • 2018/06/07
AI vs. 教科書が読めない子どもたち / 新井 紀子
AI vs. 教科書が読めない子どもたち
  • 著者:新井 紀子
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 装丁:単行本(287ページ)
  • 発売日:2018-02-02
  • ISBN:4492762396
内容紹介:
AIの誤解・限界を示す一方で、日本人の読解力の低下を指摘。AI化が進んだ未来の行き着く先は、教育の劣化を伴った最悪の恐慌だ。

人間にしかできないことを考える

タイトルの中にAIを巡るこれからの社会のありようが凝縮されている。読み終ると、今何が問題であり、何をすれば人間が人間として生きる社会をつくれるかがかなりよく見えてくる。なんとも気持のよい本だ。

囲碁や将棋のプロにコンピュータソフトが勝ち、AIは人間の能力を超えるとか、近い将来、ほとんどの仕事はAIにとって代られるなどと言われる。けれども、ゲームでビッグデータを背後にもつコンピュータが勝ったからと言って、ルールなどない日常でAIが優位に立つと言えるのだろうか。そもそも人間の能力とは何かがわからないのにそれを超えるとはなにをさすのだろうなど、素朴な疑問をもっていた。

それに本書はこう答える。まず現在「真の意味のAI」は存在せず、「AI技術」があるだけなのに、後者を人々がAIと呼ぶための混同がある。実は、現在のAI技術が人類を滅ぼすことはない。しかも、シンギュラリティ(真の意味のAIが自律的に自分より能力の高い真の意味のAIをつくる地点)は本質的に来ない。これは数学者として断言できると著者は言う。ここでも以後のAIという文字はAI技術をさしておりシンギュラリティとは無縁である。

ではAIに何ができるか。著者は「ロボットは東大に入れるか」(東ロボくん)というわかりやすいプロジェクトでその解明に挑戦する。最初にタネ明かしをしてしまうと、著者はAIが東大に合格することはないと予測しながら、その能力検証のために不可欠な作業としてこれを始めている。研究者らしく割り切ったアイディアの出し方が魅力だ。

AIブームはこれで3回目である。前2回のブームが消えたのは、人間の考えは論理に基づくとする誤りをしたためであり、今回は「機械学習という統計的方法論」を導入したところに新しさがある。イチゴとはなにかは辞書を読んでもわからない。実際にイチゴを見ることだ。しかし、子どもはイチゴを数回見ればわかるのに、機械はこれを万、時に億の単位で見る必要がある。イチゴをイチゴとする「教師データ」を大量につくり学習させるのである。最近よく言われるディープラーニングでは、どの特徴に目を付けるべきかをAIが検討し、十分量の教師データをもとにAI自身が調整できるようになったので精度があがった。東ロボくんはこのような技術を背景に入試に挑戦したのである。

まず科目毎に戦略を決める。IBMが開発しクイズ番組で活躍するワトソンの改良型、論理型、ディープラーニングと通常の機械学習の比較型などを駆使し、受験生中で上位20%に入る成績になった。人間は科目によってそれぞれの戦略に相当する頭の使い方をしているだろうところが面白いと、生きもの側に立つ評者は思う。東大には合格できないが、有名私立のMARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)には合格レベルということだ。プロジェクトに関わった100人の研究者の努力によってどんな問題をどのように解いたかは本書で楽しんでいただきたい。

東大合格は、今の技術の延長上にはないと著者は言う。スパコン、量子コンピュータ、ビッグデータなどで解決できないかという問いにもノーだ。最も大きな壁は「常識」なのである。普通の家庭の冷蔵庫から缶ジュースをとり出すのはロボットには難しい。「私たち人間が『単純だ』と思っている行動は、ロボットにとっては単純どころか、非常に複雑なのです」とある。英語チームは150億の文を学習させディープラーニングを活用したが、ごく常識的な会話の四択問題が解けなかった(常識的だからこそ)。数学は論理・確率・統計の世界であって意味を記述できないので、AIは意味が理解できないのがその理由である。自然言語処理は論理では攻められないという本質的課題がここにある。

とはいえ、現在のAIにもできることはたくさんあり、それによって人間の仕事の多くが奪われることは予想できる。人間に残るのは「高度な読解力と常識、加えて人間らしい柔軟な判断が要求される分野」だとある。これまでにAIに不得意と判(わか)ったところである。

ところが、ところがである。東ロボくんプロジェクトと並行して大学生の数学理解度テストをしたところ、問題の読解力に問題ありとわかったのだ。そこで中高生の読解力調査法を開発し(この行動力も魅力)、調べたところ三人に一人が簡単な文章を読めないことが明らかになった。

「Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある」という文章を読ませたうえでAlexandraの愛称を四択で問うと、正答率は中一23%、中二31%、中三51%なのだ。ちょっと驚く。この方が東ロボくんより緊急課題である。これまでの教育は、AIで代替できる人を養成してきたのではないか。教育を変え、人間にしかできないことを考え実行する人を育て、人間として生き生き暮らす社会にするのが、今後の道であることが見えてきた。
AI vs. 教科書が読めない子どもたち / 新井 紀子
AI vs. 教科書が読めない子どもたち
  • 著者:新井 紀子
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 装丁:単行本(287ページ)
  • 発売日:2018-02-02
  • ISBN:4492762396
内容紹介:
AIの誤解・限界を示す一方で、日本人の読解力の低下を指摘。AI化が進んだ未来の行き着く先は、教育の劣化を伴った最悪の恐慌だ。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年3月18日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

関連記事
中村 桂子の書評/解説/選評
ページトップへ