書評

『一路』(中央公論新社)

  • 2017/07/02
一路 / 浅田 次郎
一路
  • 著者:浅田 次郎
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(347ページ)
  • 発売日:2013-02-22
  • ISBN-10:4120044718
  • ISBN-13:978-4120044717
内容紹介:
小野寺一路、十九歳。父の不虜の死を受け、御供頭を継いだ若者は、家伝の「行軍録」を唯一の手がかりに、江戸への参勤行列を差配する。いざ、江戸見参の道中へ-。

古式を頼りに挑む、初めての参勤道中

皇女和宮が将軍徳川家茂に嫁いだその年の冬、中山道をひたすら歩み、江戸へ向かう「行軍」がいた。二週間に満たない参勤道中の日々をつぶさに描いた本作は、組織に生きる人間の心理、人を動かす力をも考えさせる。それでいてひたすら面白い。笑いあり、涙ありのサービス精神にあふれた作品だ。

父の不慮の死を受けて、突然御供頭(おともがしら)として参勤の差配をすることになった小野寺一路。その名のとおり一路に生きる十九歳の青年は、二百年以上前の家伝「行軍録」を手がかりに、古式に則った行列を仕立て、江戸へ出立する。

一路の父は、屋敷の失火で逃げ遅れて焼死した。本来なら家禄召し上げも当然であったが、出発が目前に迫った参勤道中を無事済ませば、家名の存続だけは叶うかもしれない。つまり一切の失敗が許されない。

父から御供頭について何の申し送りもなかった一路は「行軍録」のとおり仰々しい行軍を揃えた。金の衣装をまとう露払いに双子の槍持奴など、賑やかで個性あふれる行軍に遭遇した人々の反応が楽しい。「行軍録」は道中に振りかかる災難を解きほぐすヒントになるが、逆に「一体何のために?」というような文言も含まれる。

時代は「参勤交代は本当に必要か」と問われていた幕末。

「いったい何のために諸侯は、このような苦役を負うているのであろう」

自分のやり方に懐疑的な一路だが、他にすがるものがないから「行軍録」という原点に戻ったとも言える。知識も経験もない若者がまさに命がけで突き進む。読みながら行軍の後ろに従って歩いている気分になった。この御供頭を信じる覚悟がなければ、どんな難所も越えられないのだ、と感じた。

「われらが忘れてしもうた古式の中に、どのような意味が隠されておるやもしれぬ、と思い立ちましてな」

ひとり厠へ行くこともままならないほど形式の中で生きるお殿様は、新米御供頭の差配する元和の姿の参勤道中をそう見た。そう、古式の意味などお殿様にもわからない。ただ古式に則る事で人はひたむきに、謙虚に一所懸命になれるのだ。

先人が記した本は、いつも行き先が不確かな私たちを導く人生の案内人のようなものだ。現代において本はテレビやネット等の娯楽に押され、昔ほど読まれなくなった。しかしどんなに斬新な娯楽も、本の代わりには成りえないと思う。

小説は実に古式な娯楽である。この一所懸命で「一路」な本作は、読み手の心を弾ませるのだ。
一路 / 浅田 次郎
一路
  • 著者:浅田 次郎
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(347ページ)
  • 発売日:2013-02-22
  • ISBN-10:4120044718
  • ISBN-13:978-4120044717
内容紹介:
小野寺一路、十九歳。父の不虜の死を受け、御供頭を継いだ若者は、家伝の「行軍録」を唯一の手がかりに、江戸への参勤行列を差配する。いざ、江戸見参の道中へ-。

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初出メディア

週刊文春

週刊文春 2013年4月11日

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