後書き

『現代の死に方: 医療の最前線から』(国書刊行会)

  • 2019/01/29
現代の死に方: 医療の最前線から / シェイマス・オウマハニー
現代の死に方: 医療の最前線から
  • 著者:シェイマス・オウマハニー
  • 翻訳:小林 政子
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2018-10-19
  • ISBN-10:4336062854
  • ISBN-13:978-4336062857
内容紹介:
人生の最期から見た生き方。最前線で治療に携わってきた医師が、技術一辺倒に陥り、サービス産業化する現代医療に危機感を募らせる。著者は「生と死」の現実と哲学に寄り添い、人間存在の弱さと、苦難を乗り越える勇気を読者に問いかける。
本書『現代の死に方』は、アイルランドの医師シェイマス・オウマハニーによる医療エッセイです。技術一辺倒に陥り、サービス産業化する現代医療に危機感を募らせる著者が、「生と死」の現実と哲学に寄り添い、人間存在の弱さと、苦難を乗り越える勇気を読者に問いかける内容となっています。イギリス各紙の書評で取り上げられた話題作を、訳者の小林政子氏によるあとがきから特別に一部を抜粋してご紹介します。

現役医師が語る人生の最期から見た「生き方」。

著者シェイマス・オウマハニー医師は、現在、アイルランドのコーク大学病院の胃腸科顧問医師ですが、他にイギリスのエジンバラ王立内科協会誌「メディカル・ヒューマニティーズ」の共同編集者であり、また「ダブリン書評」へ寄稿しているとのことです。文筆面でも活躍しておられるようであり、本書はいわゆる書き下ろしです。著者が、なぜいま本書を発表したかについては、その理由は本書の随所で、また「結び」で述べられているとおり、現代が抱える深刻な医療問題、そして、宗教が消え、社会の急速な変化に伴って死生観の変化など死と終末にかかわる哲学の憂うべき現状に対して声を上げざるを得なくなったという心境のようです。『ガーディアン』、『タイムズ』などイギリス各紙の書評も著者の慧眼と正直で率直な意見に少なからず驚きを表明しています。

本書は冒頭「大方の人間にとって死は、他人事である」で始まっていますが、私も一年前に母を自宅で見送るまでは、「死」を現実のものとして深く考えたことはなかったのではないかと思います。祖父母の死は物心がつく前であり、35年前に父を亡くした当時は家族の身近におらず、母の死は、わが身のこととして人の終末と死に向かい合った初めての経験でした。母の死からしばらくして本書を訳すことになり、作業を進めながら、もっと早く読んでいたら、終末を迎えた人間がどういう気持ちでいるのか、また、母にどう接してあげていれば、母にももっと良かっただろうし、私自身も後悔しないで済んだだろうと口惜しい思いを感じていました。本書を通じて「死」の深い意味を知り、また「死」に関する哲学の一端を知ることができて幸いでした。

著者の重要な主張の一つは、私たち人間は長い進化の歴史を体内に刻み込んだ「生物」であることの自覚を持って「生死」を捉える必要があるという点ですが、他方で、科学の力で人間のサイボーグ化が進んで行きそうな未来像が存在することを紹介しています。個人的な長寿の夢の実現もありますが、宇宙科学分野では現在の「生物」である人間では遠い将来、地球外へ出て行くことは不可能だと考えられていて、そのために人間を不死化し、宇宙の長旅に耐えるサイボーグ化が真面目に研究されているかもしれません。現在を生きる私には関係のない話ではありますが、何か無気味であり「自然」がそれを許すだろうかという疑問を持ちます。「自然が決める(Nature controls.)」という著者の言葉は「死」の問題に限らず私にとって心強い支えになります。

2018年1月21日に評論家の西部邁氏が自死(ご本人は自裁死と呼ぶ)を遂げられました。とても残念な思いですが、最後の著書『保守の真髄』の締め括りにその事情が記されています。そこでは「病院死」と「自裁死」に言及され、また、世界の長寿国で「生き方としての死に方が、とくに家族とのかかわりをめぐって、正面から検討されはじめている……」という趣旨を述べておられ、本書のテーマと同じことに気づきました。「自裁死」とは、行動する思想家としての西部氏の姿を改めて見る思いがします。医師と思想家という立場や経験に違いはあっても、現代という時代の問題意識は洋の東西を越えて共有し、ともに西部氏の言う「生き方としての死に方」を改めて問うことで、科学技術一辺倒に反省を促しています。西部氏のご冥福をお祈りいたします。

書き手:小林政子(翻訳家)
現代の死に方: 医療の最前線から / シェイマス・オウマハニー
現代の死に方: 医療の最前線から
  • 著者:シェイマス・オウマハニー
  • 翻訳:小林 政子
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2018-10-19
  • ISBN-10:4336062854
  • ISBN-13:978-4336062857
内容紹介:
人生の最期から見た生き方。最前線で治療に携わってきた医師が、技術一辺倒に陥り、サービス産業化する現代医療に危機感を募らせる。著者は「生と死」の現実と哲学に寄り添い、人間存在の弱さと、苦難を乗り越える勇気を読者に問いかける。

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