書評

『完本 万川集海』(国書刊行会)

  • 2019/03/20
完本 万川集海 /
完本 万川集海
  • 翻訳:中島篤巳
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(744ページ)
  • 発売日:2015-05-22
  • ISBN-10:4336057672
  • ISBN-13:978-4336057679
内容紹介:
伊賀・甲賀四十九流につたわる忍術を集大成した伝説の書物がついに現代語訳で刊行。詳細な注のついた読み下し文、及び原本を付す。
映画や小説、漫画やアニメにも登場する忍者。しかし、私たちの思い浮かべる忍者のイメージと、歴史上存在した忍者の姿とは実は大いに違う。真の忍者とは? 伊賀・甲賀の忍術書の中でも秘伝中の秘伝であり、数々の創作の参考にもされてきた『万川集海』がついに現代語訳原文で完読可能に! 愛好家垂涎の本書を本文からの抜粋で紹介する。

過酷な世界で生き延びるための、技術としての忍術

伝書『万川集海』と忍術の世界

「まんせんしゅうかい」または「ばんせんしゅうかい」と読む。全流ではないがその本文に「伊賀と甲賀四十九流の忍術をまとめた」とあるように、『万川集海』は各忍家の家流を総集した書である。内容的には忍術の具体的な方法に加え、忍術の意義、由来、忍者の心得などを繰り返し述べて、忍術の価値を伝えている。

忍術が伊賀と甲賀の地で誕生し、大きく成長したのは中世混乱期の歴史地理学的理由によるものである。古代では斑鳩、紫香楽、藤原、奈良、京都、滋賀など古都に隣接しており、絶え間なく外来の文化や中央政治の影響を受け続けてきた。加えて領主の統治力も低かった。そんな環境が術技を育んだ。
さて、群立した弱小土豪が共存するには約束事、すなわち「掟」が必要である。消耗一方向となる共食いを避け、強大な守護大名や戦国大名に対抗するには一致協力する以外にはない。この基本構造で激変する歴史を乗り切る。それは歴史民俗学的に伊賀・甲賀独自の盗賊術と潜入術、薬方、信仰と呪術、信号、火術、平地や山地での昼夜行動術、観展望気、食法その他諸々の生きる術を結集して“総合生活術”とでも表現すべき忍術を体系化していったというわけである。忍術の成長に関係した多くの職種のうち、中世芸能集団や宗教集団は特筆に値するだろう。例えば吉野大峰山修験道だけ挙げてみても、修験者たちの連絡網、法螺貝通信、明松法、山川跋渉術、呪術、精神統一法、薬法、山伏行、地形解読、夜間行動、径路発見、水や食の確保など、忍者の得る所は多い。弱者が多方面に積極的に参加して、多種多様な技術を吸収し、消化吸収したものが忍術であり、その多様性が生活全体を支える技術までに拡がったと考えてよいだろう。換言すれば伊賀と甲賀は心身ともに他国とは全く異なった生活様式、すなわち「極限状態で生活した歴史民俗学」が存在していたのである。

キーワードは「極限状態」「総合生活術」「忍者の歴史民俗学」

極限状態で生きていた人たちが居た。これは事実であり、忍者もそういう人たちでした。忍者、忍術に関しては余りに曲解と誤解が多く、その一因が明治末の立川文庫に始まり、大正ロマンにサポートされた娯楽性の追求の結果だと考えられます。しかしそれが私共に夢を与え、沈んでいる時さえも励まし、精神生活を豊かにしてくれました。また、子供から大人までも忍者を楽しみ、現在でも経済効果を上げ続けています。
私は「自身を極限状態に置いて生きていた」忍者の生活を「総合生活術」としてとらえ、「忍者の歴史民俗学」を学問的に追究してみたいと思っています。『万川集海』は内容があまりにも多岐であり、その全解明は筆者の遠く手の届かない所にあります。本書が忍者の歴史民俗を学問的に追究される方々への一助にでもなれば、訳註者にとってそれ以上の幸甚はありません。私の力の及ばなかった部位の解釈は読者に委ね、またそれを教授頂ける機会があれば至上の喜びです。そのためにも、巻末に収録した、底本の復刻を利用していただければと思います。
忍術伝書のキーワードは「極限状態」「総合生活術」「忍者の歴史民俗学」であると思います。格差と混沌の社会で、忍術は「総合生活術」であるとして本書を読破され、自分の脚で立って堂々と生きて行けるヒントの一つにでもなればと思います。
忍術を総合生活術とした理由は以下です。『万川集海』は江戸時代の生活を基本としており、忍者は下級武士と軽輩の帯状部分に位置する下層階級でありながらも堂々と生きていました。それは総合生活術のおかげです。『万川集海』の行間は強したたかに生きる術で溢れています。さらに『万川集海』は江戸期一般の生活術も吸収しています。人口三千万、鎖国下の江戸期。そこで日本人は「ゆとり」を持って生きていました。江戸時代は現代日本人の生活の基層です。幸せは脳で感じ、豊かさは自分で決める事です。強かに生き抜いた忍者たちの生き方を知れば自分の財産が何種類も増えます。それを拡大すれば、独自の「健康管理術」「医薬法」「心理学」「食法」「対人対応術」「自給自足術」「行動術」「歩行法」「サバイバル」その他の多様な能力を体系化する事が出来るでしょう。

[書き手]中島篤巳
大坂大学医学部卒・医学博士。奈良大学文学部卒。
古流武術連合会会長。片山流柔術宗家。柳生心眼流居合術十二代。糸東流空手道教士六段。天神明進流兵法・智心流・浅山一伝流・天心古流拳法師家など各種武道を修める。主著に『忍術秘伝の書』(角川選書)、『忍者の兵法』(角川ソフィア文庫)、『正忍記』(新人物往来社)ほか。
完本 万川集海 /
完本 万川集海
  • 翻訳:中島篤巳
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(744ページ)
  • 発売日:2015-05-22
  • ISBN-10:4336057672
  • ISBN-13:978-4336057679
内容紹介:
伊賀・甲賀四十九流につたわる忍術を集大成した伝説の書物がついに現代語訳で刊行。詳細な注のついた読み下し文、及び原本を付す。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
国書刊行会の書評/解説/選評
ページトップへ